« 第100回「クラシックギターで語る音楽の魅力」 | トップページ | 第102回 「体験するアート」 »

2020年9月23日 (水)

第101回「写真装置:私の表現と写真」

1月31日(金)

前澤良彰(まえざわ よしあき 写真家)

 

201912sala

 

写真を装置にして

 

「サラ」の歩みも、100回をこえて、今回は第101回をむかえた。写真家の前澤良彰に「写真装置:私の表現と写真」と題してレクチャーをお願いした。

Maezawa01

「サラ」では、写真家のアートワークにも関心を抱いて、その都度写真家の仕事を紹介させていただいている。前澤良彰は、京都に生まれている。1980年に札幌市に移住し、現在に至っている。

話を聞くと写真を学ぶ中、森山大道の写真に共鳴したという。よく写真は光と影による芸術といわれるが、森山は<アレ・ブレ・ボケ>と形容される特異な作風を特徴とする。特に光より影の力をとらえようとした。どちらかといえば前澤の写真は<アレ・ブレ・ボケ>はないが、深い陰影、そのニュアンスを大切にするとところは、その影響かもしれない。それは人物や風景を対象にしても、それを大切にしているようにみえる。

Maezawa02

よく前澤は、自分の写真について、自然そのものを「閉じ込める」という言い方をして説明している。ここで留意すべきことは、「封じこめる」とはいっていないことだ。そんな荒い言い方をしないで、あくまで「閉じ込める」というのだ。

私は、この言い方に彼の写真の<><>が隠されているとみている。被写体となった森や水たまり、冬の港、海岸、工場の排気などには、どこか不思議なオーラがいつも宿っている。前澤は、大気の揺れや生命の躍動を身体で感受しながら、その見えないものを、今度は写真の中に導き入れるのだ。それがとてもナチュラルでうまい。また彼の写真には、湿度が内包されている。つまり乾いていないのだ。そのため見ている眼と身体にしぜんと入ってくるようだ。

Maezawa03

それが「閉じ込める」という言い方の「真」ではないか。さらに「術」とは、見えないものを、写真の中に導き入れるための<時間の長さ>(つまりシャッターを切るまでの時間の長さ)を大切にすることのようだ。前澤は、2013年に札幌美術展「アクアーライン」(札幌芸術の森美術館)に出品した。また2019年には、ギャラリーミヤシタでの個展(Shashin Souchi『境界』vol.6)を開催した。私はそれぞれの出品作から、北の大地が発するオーラ、その生々しい脈動を感じ取ることができた。特に『境界』vol.6に出品した大雪山や瀧には、その場に潜む神秘的なものさえ感じたほどだった。現実の風景では感受できないもの、それが顕現しているとも感じた。カメラアイの深度と黒のマチエールが、私をしてそれをよりリアルに、そして鮮明に喚起させた。こうした独自な感性に基づく写真の仕事が評価され平成30年には札幌文化奨励賞を受賞している。

Maezawa05

今回のレクチャーで、新しい試みをしていることを知った。ドローンを駆使し北の風景を撮影している。そんな新しい機器を使っていること、それがやや意外だった。が、動画をみせていただいて、地上からの目線では捉えることができないことが、可能になっていることに気づいた。どこまでも延びる道がダイナミックに捉えてられていた。

Maezawa04

この写真家は、自分のアートワークを「写真装置」と名付けている。こうした新しい機器を使いながらどのように写真が動いていくのか楽しみにまちたい。

 (文責・柴橋) 

« 第100回「クラシックギターで語る音楽の魅力」 | トップページ | 第102回 「体験するアート」 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。