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2019年10月17日 (木)

第93回 「島田無響の人と作品を語る」

2019年4月26日(金)


○講 師=松永律子(まつながりつこ 書家・島田無響遺作展実行委員長) 

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多芸の人島田無響

   


第93回例会のタイトルは「島田無響の人と作品を語る」だった。 講師に書家松永律子をむかえた。彼女は、2018年 秋に大通美術館で「書家島田無響遺作展実行委員長」を務めていた。また会場には、無響さんの弟の書家一嶽も来ていただき、思い出も語ってもらった。

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レクチャーの構成と映像づくりに柴橋が協力した。島田は、多芸な人で、まさに多面な分野で活躍した方なので、できるだけ話をコンパクトに進めるため映像も整理した。一番最後に、大通美術館での遺作展に展示した作品を映像で紹介した。

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まず島田無響の歩みを紹介していただいた。東京では興亜火災に勤めつつ、書を津田翠岱に師事した。また滑川マツと結婚した。オシドリ夫婦だった。縁があり札幌に住まいを移し渡辺緑邦に師事し、創玄会や毎日書道展などに出品した。

島田はひときわ多面性を帯びた作家だった。きっぷのいい江戸っ子気質の持ち主で、いつも酒を愛しつつ、何をするにしても遊び心を忘れない方だった。書、歌舞伎、狂言、お茶、いけばな、俳句などジャンルを自在に横断した。

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いけばなは、勅使河原和風流に属して、いつも和の感覚を生かして、優れた作品を披露してくれた。さらに仲間と流派をこえた展覧会「5つの個展」や「風」を立ち上げ、いけばなの枠をこえた革新的な運動を推進してくれた。

いつも学びを続ける方だった。漢詩を深く愛する方で優れたエッセイを書いていた。

自らが主宰した「點の会」(1970年結成)の門下生を引き連れて、漢詩世界と書の現場たる中国への旅をのべ7回にわたって行った。山東省曲阜では書法交流を行い、また泰山では周恩来夫人の磨崖や雲崗石窟などを見聞した。

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さて島田の書世界はどうか。かいてかいてかきまくる方だった。また展示についても、つねに斬新な空間づくりをめざした。特に札幌・京王プラザホテルでの階段空間を活かした構成などは斬新で印象ふかいものだった。絵と文と書の絶妙なコラボレーションをみせてくれた。

またデザイン感覚も鋭く、カナダと道との交流展におけるポスターの意匠は、和の美を活かしたものだった。

このように島田無響は、あくなき探求心を内に秘めた方だった。ここからは少し、柴橋の見方をいれて語っておきたい。私からみて、誰でもない自分の表現を追いもとめていた芸術家だった。晩年には、病に苦しんだが、不自由な身体をのり超えて、筆に自己を託ししていた。創造力は決して衰えていなかった。

一方でユーモア精神にあふれ、冷静に物をみながら自己卑下の姿勢が強い方だった。私たちは、彼から何を学び、何を継承すべきであろうか。まず<和の美>を内に燃やす芸の心ではないか。そして常に自己を新しくつくりだしていくダイナミズムではないか。少しでもそれに近づけることができたら、と想うばかりだ。

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(文責・柴橋)

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