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2019年10月14日 (月)

第92回「前衛音楽の仕掛け人」

2019年2月22日(金)

○講 師=沼山良明(NMA主宰コンサートオーガナイザー)

本業はヤマハ札幌店ピアノ調律師。70年代後半、ジャズ評論家・副島輝人氏との出会いなどで前衛音楽に関心を深め、1983年ドイツのメールス・ニュージャズ祭を観て、世界と日本の音楽情報のギャップに目覚めたことから、同年非営利のNMA(NOW MUSIC ARTS)を発足。国内外の先鋭的な音楽を札幌に紹介するコンサートを企画、開催し、時には道内各地にも紹介している。

これまでに180回を超えるコンサート(6回のフェスティバルを含む)を開催したほか、1995年から2000年には、即興演奏のワークショップを毎月開催。執筆・寄稿に『ジャズ批評』、『ユリイカ』誌ほか、毎日新聞北海道版『ハルニレ』(1997-2001)、北海道新聞夕刊コラム『されど音楽』(2015)など。コミュニティFMさっぽろ村ラジオで音楽番組を担当(2003-2006)。2012年より、ACF札幌芸術文化・フォーラムにて「ACFアートサロン」担当。2
013年、サッポロ・アートラボ主催「第2回北の聲アート賞特別賞」受賞。

 

第92回「前衛音楽の仕掛け人」

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第92回レクチャーを音楽マネジメント沼山良明にお願いした。沼山は、2013年度に「北の聲アート特別賞:日建社賞」を受賞している

タイトルは、「新しい音楽って?」だった。とても刺激的なレクチャーだった。かなり前から沼山の仕事については知っていたはずだったが、新しく分かったこともある。

彼は由仁町で生まれ、学びは岩見沢の農業高校で行った。その岩見沢の地でよく通ったのがジャズ・喫茶「志乃」だった。

音楽は好きだったが、ある時調律師をめざすことを決意した。本州で資格習得を目指した。無事資格を得て、それを生業にした。

ただそこで得たお金を、音楽プロジュースにつぎ込んだ。転機になったのが、ジャズ評論家副島輝人との出会いだった。それが縁で、前衛的な音楽に関心を抱いた。1983年には、ドイツのメールスジャズ祭を見聞し、先端の音楽に打ちのめされた。

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すぐにNMAを立ち上げ、欧米のニュージャズや前衛音楽の紹介に努めた。さらにダンス、朗読、インスタレーションなど、音楽を軸にして他の表現とコラボをめざした。その数は180回を超え、招いたアーティストはのべ230組以上にのぼるという。 

2017年に開催した札幌国際芸術祭ではエ グゼクティブアドバイザーを勤め、札幌市資料館では「NMAライブ・ビデオアーカイブ」をみせてくれた。

レクチャーでは、「NMAライブ・ビデオアーカイブ」から、その招聘した音楽を時間を有効活用して紹介してくれた。そのために使用した映像は、68分をこえた。あらためて聞きながらフリー系ジャズだけでなく、ノイズ音楽がかなり含まれていると感じた。

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このノイズ音楽とは、これまでの音楽的常識からは楽器と見なされないものを楽器や音源として使用し演奏するもの。現在はノイズ系の音楽という括りがありようにポピュラー音楽とも交差している。それほどまでに現代音楽シーンは拡大し、多様化しているようだ。

それにしても、よくこんなにも先端音楽を招聘したものだと思った。いつも人が集まるわけでもないので、かなりの資金を投入したと察した。誰もしなかったこと。それをたった1人で実行してきた。この先鋭的な音楽を紹介するという堅い意志。それには、頭が下がるばかりだ。

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では沼山は、何を目指しているのか。沼山には、この札幌をドイツのメールスにしたいという熱情があるようにみえたのだが……。


 人一倍今日の音楽状況への強い想いがあるようだ。既成のもの、すでに定番となっているもの。その古いゾーンからのがれて、いま一番先端で奮闘している音楽家に連帯すること。そのためにはまずその音を聞かねばならない。

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そしてその音を多くの他者に広めていかねばならない。そんな使命にもえているようだ。全て手弁当で押し広めている。このひたむきな無償の行為に、大きな拍手を送りたい。そして彼の仕事を引き継ぐ方がでてくることを強く期待したい。(文責・柴橋)

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