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2019年1月

2019年1月24日 (木)

第90回「 私の彫刻観 」

2018年11月30日(金)

○講 師=伊藤隆弘(彫刻家)

札幌市生まれ。長沼町在住。主たる展覧会への出品。「北海道立体表現展」 (101、03、06、08、10 道立近代美術館)「Boryeong Obsidian Sculpture Project」(韓国 保寧市 10)「旭川彫刻フェスタ 2010 10周年記念展」(道 「立旭川美術館・旭川市彫刻美術館) ハルカヤマ藝術要塞(小樽春香山 111315 に出品)「抽象彫刻 30 人展―北の作家たち」(本郷新記念彫刻 「美術館 11)「帯広コンテンポラリーアート 2016 ヒト科ヒト属ヒト」。「なよ 「ろ国際雪像彫刻大会」(13~17)「中国哈爾浜市国際雪像大会」(15)「ホワイトホーススノースカルプチャーチャレンジ」(カナダ15)に参加。


彫刻の可能性を探して

 
第90回レクチャーは、彫刻家伊藤隆弘にお願いした。伊藤は、現在は長沼町に住んでいる。レジメはなかったが、これまでの歩みをスライドで紹介しながら、テーマである「私の彫刻観」を展開してくれた。


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私は多くの彫刻家を知っているが、それぞれが彫刻となる素材との出会いがあり、彫刻家はその素材と出会うことで自分の世界を大きく広げていくことになる。

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伊藤は、特に石という物質が持つ量塊性に魅了された。さらに具象的形態よりも抽象形体に興味をもった。石との出会いは、大学で石彫刻家に師事したことがとても大きいようだ。師となる方は彫刻のメッカともいうべきイタリアで研鑽を積んでいた。師から技法を含めて様々なことを学び、ロダン、マリーニ、マンズー、さらに現代彫刻家マックス・ビルなどの仕事を知り、彫刻世界の広さと多様性に眼が開かれた。

実際に制作してみて、なによりも自らの内面から湧きでるものが、そこに宿っていないと作品にならないことに気づいた。

メディテーション(瞑想)を試み、心の奥にあるものを見つめながら、それが外に出てきて、形になるものを掴もうとした。当時は「地獄の思想」にも関心を広げたという。

このメディテーションが、制作する上で大きな生動力となった。これを通じて、彼岸(あの世)と現世(この世)についても認識するようになったという。つまりこのメディテーションにより、心の安定だけでなく、感覚を鋭くしたわけだ。
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ということは彼が造りだす形態には、生と死についての瞑想が介在していることになる。アジア的(東洋的)な思考方法を自らの生の処し方にいかしている、そんな内省的作家のようだ。私は、彼の彫刻作品は知っていたが、やこうした内面の深化を深める営みについては詳しく知らなかったのでとてもいい機会となった。

さて伊藤の作品には、円のフォルムがたびたび見られるが、それは心の奥にあるものと対話しながら、やはり導きだしたものであろうか。なぜなら円は宇宙全体そのもの、またリング(輪)でもあり、調和や円環するもののシンボルでもある。伊藤は、その円を至高のものとしているようだ。

制作する上で、大きな力となったことがある。場の力である。大学を卒業後、石川県にある吉野谷村に世話になった。とてもいい条件で住むことができた。吉野谷村は、小村であるが工芸の里として名高い。ここで豊富な材料を使い、彫刻三昧の日々を過ごした。
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武者修行のつもりで、様々な野外彫刻コンペ(神戸、宇部、須磨)にもチャレンジした。さらに各地で開催された彫刻シンポジウムにも参加し、現地制作を行い貴重な体験を積んだ。

今回スライドでみせてくれた作品の中でも、特に興味深かったのが、道内にある火葬場に置かれた黒い数点の作品だった。それらはまさに彼岸(あの世)と現世(この世)を繋いでいた。とても形態が黙しており、そこに深い精神性が宿っていた。

最近は、雪像制作でも活躍している。数人でチームを組みながら、現地制作をしている。雪を使って、短期間で制作する。制作費の援助もあり、これもなかなか面白いという。「なよろ国際雪像彫刻大会」での雪像制作を紹介してくれたが、コンセプトがしっかりしていて、作品としても価値のあるものだった。さらにロシアのクラスノヤルスク市で開かれる国際雪像コンテストやカナダや中国哈爾濱市国際雪像大会などにも参加している。国際的場でのさらなる活躍を期待したい。

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(文責・柴橋)   

第89回「イタリアの歴史的な地域資源の保存活用」

2018年10月26日(金)

○講 師=植田 暁(建築意匠・景観分析)

1963年札幌生まれ。1987年工学院大学大学院修士課程修了。学生時 「に建築活動集団「風の記憶工場」設立、1991年法人化。1991年ロー 「マ大学地域計画学部留学。2003年 NPO「景観ネットワーク」設立、2005年法人化。イタリアの農業景観を中心とした歴史的な地域資源保 「存活用にかんする研究と、北海道の景観を「まもり、そだて、ととのえる」 | まちづくりの模索に並行して取り組み、今日に至る。千歳市景観アド 「バイザー、近年の計画に中標津町景観計画。室蘭工業大学、北海学園 大学非常勤講師。代表作に「世羅の眼科」「TU3」。著書多数

景観づくりへの強い意志を感じた


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第89回レクチャーは、植田曉にお願いした。植田は、建築意匠や景観分析を主テーマとしている。今回は、「イタリアの歴史的地域資源の保存活用」という、やや難しいタイトルであったが、現地へのフィールドワークを踏まえたもので、とても興味深いものになった。  

建築家であっても様々なタイプがいるが、植田曉は「風の記憶工場」を主宰しながら、研究者としてたくさんの論文を残している。

特に植田は、都市文化の華開いたイタリア・トスカーナに着目しながら、歴史の特性により育まれた資源(地域の特性)がいかに現代的価値をもっているか、長年にわたり調査研究をしている。この分野で先駆的仕事をしているのが建築家陣内秀信である。植田は、そうした先駆的仕事に敬意を払いながら、自分のテーマを深めようとしている。

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植田は、イタリア・トスカーナに点在する諸都市の歩みから都市の再生の手掛かりを探ろうというわけだ。
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私が、レクチャーを聞いていながら、とても懐かしくみていた図像がある。それはフィレンツェと一時力を競い合ったシエナの画家が描いたもの。「善政のあり方」を寓意的に描いてある。画家の名は、アンブロージョ・ロレンツェッティという。シエナ市庁舎にある「平和の間」と呼ばれる部屋の壁に描かれている。

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そこには、「善政の効果」、「良き政府の効果」「都市と田園における善政の結果」などが主題化。同時に「悪政の寓意」が対比的に記されている。この図像から分かることがある。それは都市と田園の風景を生き生きと描いていることからも判別できるように、政治家が「善政」を行うためには、都市は農村としっかりと繋がっていなければならないということを示している。
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つまり都市と農村は対立・分離の関係にあるのではなく、農村があってこそ、都市の文化が豊かなになるというわけだ。イタリアでいうところの「パエサッジョ・ストリコ」(歴史的景観)には、そうした農村と都市の相互補完性が要となるわけだ。

植田が、レクチャーで使っていた言葉に「チェントロ・ストリコ」がある。<歴史的市街地>のこと。イタリア人は、その歴史的空間がかけがえのない資源価値をもつという視点を大切にしている。
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植田は、イタリアでの実地調査を踏まえながら、北海道の発展の方策を探っている。つまり研究者の顔だけでなく、生活の場から、つまり足元から地域再生を探っている。そのコンセプトは、「まもり、そだて、ととのえる」というもの。この話を聞いていて、政治家が「善政」を行うためには、都市は農村としっかりと繋がっていなければならない、という視点は普遍だと感じた。まさに都市と農村は繋がっているし、そうしていかなければならないからだ。イタリアで学んだ視点が生かされていると感じた。

地域興しのため幾つかの計画にも関わっている。その中には、千歳景観アドバイザーの仕事や中標津町景観計画などもある。
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今回は、中標津町の子供達と一緒に地域資源を活用した景観づくりのとり組みについても語ってくれたが、そのとり組みをしている子供達の表情がとても生き生きとしていたのが深く印象に残った。自分の町の資源とはどんなものか、それを考えながら生活し、未来に希望をもつ。とても大切なことだと感じだ。そんな「景観づくり」への強い意志を感じたレクチャーだった。(文責・柴橋)

第88回「書で日本の言葉を」

2018年9月28日(金)

〇講 師=石井眞弓(詩人・書家)

1943年旧満州佳木斯(チャムス)生まれ。中国の思いから母を「私は 89歳になりました」祖父を「カンバス」私を「ノスタルジーの羊」と 「詩にしています。自由律俳句の種田山頭火を書作品にして10回各地を まわっています。東急デパート(札幌)美術ギャラリーで個展。今回 は花の名 漢字 ひらがな 風景などを瞬時にとらえ内面を表す俳句 の素晴らしさを表現したいと思います。詩集『黄金色の永遠』『きょう 「もすること』『閉塞』。現在、北海道書道連盟女流書作家集団、龍渕書会、 「日本詩人クラブ 北海道詩人協会 「極光」の会員。


詩と書へのあつい想い

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第88回レクチャーは、サラメンバーの石井眞弓(書家・詩人)にお願いした。

タイトルは「書で日本の言葉」。レクチャーのために、作品を掲載した小冊子を作ってくれた。それをテキストにしながら話を進めてくれた。さらに書作品をレクチャー会場の壁に展示してくれたので、レクチャーを聞く上でとても大きな手掛かりになった。展示には、市川義一が協力してくれた。
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全体としてあまり大上段に構えることなく、淡々と話を進めてくれた。三部構成となっていた。第1部では、書体と墨をかえての書。第2部は、自作詩を素材にした。第3部は、第5回「北海道横超忌 -吉本隆明―その遥かな射程を追って―」での評論家加藤典洋の講演に触発されたものをみせてくれた。

石井は、1943年に旧満州の佳木斯(チャムス)に生まれている。風土が異なる場で生まれ、日本に帰ってきた。故郷がいまは他の国の中に存在するが、旧満州での体験を石井はとても大事にしているようだ。自らの詩の中でも、自分のことを「ノスタルジーの羊」として譬えているほど。その詩に「数十年前 うぶ湯を使ったあの国 瓶に詰めた羊のおっぱいで 生きのびたわたし」とある。<羊のおっぱい>を飲んで育った<あの国>への想いが詠われていた。書は、その部分ではなく、後半の詩句<緑の海の染まった 被写体の羊さんに メッセージをおくる そのままでいいからね サルビアが真赤 一陣の風>を選んでいた。いずれにしても、幼い時に過ごした時間への想いが込められていた。

今回の小冊子の表紙と裏を「龍」の書字で飾った。表紙は青を空に、にじみを雲に見立て、龍が天から降りる様子を形象化した。そこにも、生地への想念を散見できた。
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 石井は、詩と書の双方で自分の世界を築こうとしている。その双方が必要であり、切り離されないようだ。普通なら、やや中途半端といわれるかもしれないが、それが石井の表現の仕方であり生き方のようだ。

 新しいもの、現代的なものに関心があるようだ。自由な感覚で、物事を見詰めていこうとしている。それはかなり前から培われてきたものらしい。藤女子短大を卒業後も、デザインに関心を抱き、デザイン研究所で学んだ。さらに聴講生として道教育大札幌校の門を叩きデザイン学を修めた。こうした美への探求心は、今も健在である。その後は、山頭火や日本の心をテーマにして書にしている。

今回は、現代社会に対しての感慨を「崩壊」や「怒濤」、柳田国男の「先祖の話」から、「死が死として集まる場所がいまないということ、そのことを私は痛感しています」を選んでくれた。今という時代への危機意識が、これらの書字を書かせたのであろう。

一方で、はやり自作の詩を素材にした書は、とてもいい味を放っていた。「水芭蕉」や「ノスタルジーの羊」などは、自分の心情がうまく宿っていた。なにより女性的感覚をいかした言葉が、書になることで、より魅力を放っていた。さらに線が優美な流れをみせる「女は美しい」やにじみをいかした「戀」は、やはり男性の書では表出しないものが溢れていた。
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今回みせてくれた書からは、淡墨や濃墨などを使いながら、いま一番好きな言葉を選んでいることを伺い知ることができた。

レクチャーはやや時間を残して終わった。もう少し、選んだ詩をどう解釈したか、それをどう書として筆を動かしたか、そんなことを触れてもらうとよかったとも感じた。(文責・柴橋)

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