« 第88回「書で日本の言葉を」 | トップページ | 第90回「 私の彫刻観 」 »

2019年1月24日 (木)

第89回「イタリアの歴史的な地域資源の保存活用」

2018年10月26日(金)

○講 師=植田 暁(建築意匠・景観分析)

1963年札幌生まれ。1987年工学院大学大学院修士課程修了。学生時 「に建築活動集団「風の記憶工場」設立、1991年法人化。1991年ロー 「マ大学地域計画学部留学。2003年 NPO「景観ネットワーク」設立、2005年法人化。イタリアの農業景観を中心とした歴史的な地域資源保 「存活用にかんする研究と、北海道の景観を「まもり、そだて、ととのえる」 | まちづくりの模索に並行して取り組み、今日に至る。千歳市景観アド 「バイザー、近年の計画に中標津町景観計画。室蘭工業大学、北海学園 大学非常勤講師。代表作に「世羅の眼科」「TU3」。著書多数

景観づくりへの強い意志を感じた


Ueda01  

第89回レクチャーは、植田曉にお願いした。植田は、建築意匠や景観分析を主テーマとしている。今回は、「イタリアの歴史的地域資源の保存活用」という、やや難しいタイトルであったが、現地へのフィールドワークを踏まえたもので、とても興味深いものになった。  

建築家であっても様々なタイプがいるが、植田曉は「風の記憶工場」を主宰しながら、研究者としてたくさんの論文を残している。

特に植田は、都市文化の華開いたイタリア・トスカーナに着目しながら、歴史の特性により育まれた資源(地域の特性)がいかに現代的価値をもっているか、長年にわたり調査研究をしている。この分野で先駆的仕事をしているのが建築家陣内秀信である。植田は、そうした先駆的仕事に敬意を払いながら、自分のテーマを深めようとしている。

Ueda02

植田は、イタリア・トスカーナに点在する諸都市の歩みから都市の再生の手掛かりを探ろうというわけだ。
Ueda07

私が、レクチャーを聞いていながら、とても懐かしくみていた図像がある。それはフィレンツェと一時力を競い合ったシエナの画家が描いたもの。「善政のあり方」を寓意的に描いてある。画家の名は、アンブロージョ・ロレンツェッティという。シエナ市庁舎にある「平和の間」と呼ばれる部屋の壁に描かれている。

Ueda03

そこには、「善政の効果」、「良き政府の効果」「都市と田園における善政の結果」などが主題化。同時に「悪政の寓意」が対比的に記されている。この図像から分かることがある。それは都市と田園の風景を生き生きと描いていることからも判別できるように、政治家が「善政」を行うためには、都市は農村としっかりと繋がっていなければならないということを示している。
Ueda04

つまり都市と農村は対立・分離の関係にあるのではなく、農村があってこそ、都市の文化が豊かなになるというわけだ。イタリアでいうところの「パエサッジョ・ストリコ」(歴史的景観)には、そうした農村と都市の相互補完性が要となるわけだ。

植田が、レクチャーで使っていた言葉に「チェントロ・ストリコ」がある。<歴史的市街地>のこと。イタリア人は、その歴史的空間がかけがえのない資源価値をもつという視点を大切にしている。
Ueda05
Ueda06

植田は、イタリアでの実地調査を踏まえながら、北海道の発展の方策を探っている。つまり研究者の顔だけでなく、生活の場から、つまり足元から地域再生を探っている。そのコンセプトは、「まもり、そだて、ととのえる」というもの。この話を聞いていて、政治家が「善政」を行うためには、都市は農村としっかりと繋がっていなければならない、という視点は普遍だと感じた。まさに都市と農村は繋がっているし、そうしていかなければならないからだ。イタリアで学んだ視点が生かされていると感じた。

地域興しのため幾つかの計画にも関わっている。その中には、千歳景観アドバイザーの仕事や中標津町景観計画などもある。
Ueda08

今回は、中標津町の子供達と一緒に地域資源を活用した景観づくりのとり組みについても語ってくれたが、そのとり組みをしている子供達の表情がとても生き生きとしていたのが深く印象に残った。自分の町の資源とはどんなものか、それを考えながら生活し、未来に希望をもつ。とても大切なことだと感じだ。そんな「景観づくり」への強い意志を感じたレクチャーだった。(文責・柴橋)

« 第88回「書で日本の言葉を」 | トップページ | 第90回「 私の彫刻観 」 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 第89回「イタリアの歴史的な地域資源の保存活用」:

« 第88回「書で日本の言葉を」 | トップページ | 第90回「 私の彫刻観 」 »