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2018年10月19日 (金)

第85回「カメラは写真のない時代に既に存在していた」

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講 師=石崎幹男(写真家)

1949年芦別市高根町生まれ。

個展は「HUMAN LANDSCAPE(88) RECITATIVE-ベルリンの壁」(90) HITO NO SHIMA(98)骨の複眼「澱みの時間軸」(07) など多数。

「テキサスヒューストンフォトフェスタ('89) 「に出品。「札幌雪祭り会場スライドショウ「FRANCE EN TACTES('99)

北海道大学総合博物館企画展として、「分子のかたち」(108)、「疋田豊治ガラス乾板写真」(109)、「北大古生物学の巨人たち」「惑星地球の時空間」 (17) がある。「イメージのロゴス」展 (17)に出品。

東京コピーライターズクラブ新人賞、日本新聞協会賞、電通地域広告賞、札幌ADCグランプ 「リなど多数受賞。本として『PARCO アーバンアート作品集』『背中で見た夢』『北大古生物学の巨人たち』『惑星地球の時間軸』などがある。


写真が絵画的力を持つことを教えてくれた

 

第85回レクチャーは、写真家の石崎幹男にお願いした。タイトルは、「カメラは写真のない時代に既に存在した」。なかなか刺激的なタイトルを掲げてくれた。それを説明するために、写真の歴史から解き明かしてくれた。石崎は、写真の始原を切り拓いてくれたトルボット(タルボットともいう)の名をあげていた。

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このトルボットは、「自然の鉛筆」を発表した。世界で最初の写真集だ。それは「カロタイプ」という写真技法を用いた。ただ露光に1分かかる。もう1つ写真の技法の成立につながったのが、「カメラ・オブスクラ」であった。意味は「暗い部屋」を指している。当時の画家達も、この「カメラ・オブスクラ」を活用していたようだ。ただ像が反転するので鏡が必要となる。

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このような写真成立に際して、科学者はいろいろな実験を反復していたわけだ。

 石崎は、これまで様々な分野で仕事をしてきた。それを写真をみせながら語ってくれた。広告写真の仕事をしていた。世界各地(ニューヨーク、ベルリン、バルセロナなど)を巡り、人間や風景を見詰めてきた。その中では、彼の代表作ともいえるある駅での一枚「kiss」(「再会」ともいう)もある。群衆の中、抱きあう男女。ある種の「決定的瞬間」を捉えていた。

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石崎は「内なる世界」を大切にする。こんな言葉を記している。

「心の内部の世界」にある衝動、感動、嫌悪、好奇心などによって「外側に広がる世界」のなかから特別の対象をみつけだし、カメラは、その対象の一部分を切り取り、記録する。
カメラは、その写真家の眼の決定によってだけ、機能できるものなのである」

このように、自らの「心の内部の世界」に重心を置きながら、眼差しを外へと送りだしている。

また写真のドキュメント性をいかんなく発揮しているのが、「ベルリンの壁」であろうか。当時の世界を支配していた冷戦体制が崩壊する、そんな象徴的事件を無言で証言する「ベルリンの壁」。さらにナチスの残忍な記憶を残す施設など。これらはカメラの記録性、現場性をいかんなく発揮していた。こうした歴史的現場と立ちあうなかで、生と死を見つめる眼を体内に宿したにちがいない。

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 広告写真の仕事で、私も知らなかったこともあった。道内企業や雑誌広告の仕事をしていた。かなり身近なところで仕事をしていた。とすればかなり前から、広告写真を通じて石崎と出会っていたことになる。

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また石崎は、北大の総合博物館とコラボレーションしている。『分子のかたち』『北大古生物の巨人たち』などの写真集もある。この、北大の総合博物館との仕事には、この分野の先駆的仕事をフォローしているナショナルジオグラフィック』への敬愛、そんな意識が反映しているようだ。古生物に宿った時間と出会い、そこから何を感じとること。

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彼は、よく「骨の複眼」という言い方をする。あとから付加された肉を排し、骨のそのもの立ち戻ること。この骨の思想、それを精神の運動の梃子とする。禅の思想から汲みとったものを独自に昇華した。さらに複眼を介在させた。

 さて私が一番、関心をもっているのが、最近の仕事だ。このことを多くの人に知らせたくてこのレクチャーをお願いしたのだった。それは2017年の『イメージのロゴス』展でも出品していた「海」や「空」の「はざま」を捉えた写真だった。

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それは絵画的にいえば、マチエールだけが開示されたような作品だった。「はざま」のもつ永遠という名の時間。「あわい」の中にある「無碍」という空間の漂い。グレーに染まる澄んだ空間。沈思する写真でありながら、実に多くのことを語ってくれた。

夾雑物はなにもない。その何もないことが、いかに芳醇であるか、それを静かに語っていた。光の粒子がマチエールを形成し、写真が絵画的力を持つことを、教えてくれた。

それはどこか俳句的な時間が流れていた。「内なる世界」を見つめる「眼の力」を使いながら、さらにどんな展開をみせるか、楽しみに待ちたいものだ。(文責・柴橋伴夫)

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