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2018年10月19日 (金)

第84回「飛べなかった跳び箱一銅版画~インスタレーションへ」

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講 師=艾沢詳子(美術家)

テーマ=飛べなかった跳び箱一銅版画~インスタレーションへ

1949年夕張郡由仁町生まれ。全国各地で個展を開催。主たるもの に、INAX ギャラリー(東京 1997)、芸術の森インスタレーション・ 有島武郎旧宅(2004)、ギャラリー砂翁&トモス(東京 1994 年 より6)、茶廊法邑(2007)。グループ展も、「現代の版画 1994(松 濤美術館 1994)、「メディテーション真昼の瞑想」(栃木県立美術 1999) HOWARD SCOTT GALLERY(NY 2003) など多数。 バハラット・バーバン国際版画ビエンナーレでグランプリ、北海道文化奨励賞を受賞(2017)


世界の片隅を意識した行為

 

第84回レクチャーを、艾沢詳子にお願いした。現代(いま)という時代に起こっていること、事実の重みや悲惨さなどに眼差しを送りながら制作している美術家の1人だ。

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タイトルは「飛べなかった跳び箱―銅版画からインスタレーションへ―」。はじめこのタイトルを聞いて、どんな話になるかやや見当がつかなかった。最初の「飛べなかった…」に引っかかった。このレクチャーに参加した方もそう感じたにちがいない。ただ話を聞いてみると「なるほど」と分かった。

どうも跳び箱は不得手だったようだ。それが1つの壁となり塞がった。でも絵を描くことで自分を外に出そうとした。後半のタイトルは、夕張の由仁生まれの彼女が、札幌に出て、OLをしながら絵の勉強をし、さらに版画家渋谷栄一と出会うことで、より銅版画に情熱をつぎ込んでいき、さらに空間や場を意識したインスタレーションとへすすんでいったことを示している。つまり、自分の歩みを短くいいあらわしたわけだ。

さて艾沢は、自分にとって生地由仁と夕張はとても大切な場という。父が造林の仕事をしており、幼い時から自然の豊かさを肌で感じた。高校時代は、由仁から夕張を通りながら栗山に通った。私の記憶では、インスタレーションを最初に行った場が夕張だったはずだ。今回のレクチャーでも、映像を添えてそのことに触れていた。銅版画の作品を、青春の思い出が溢れる夕張の場に置いた。さらにかつての炭鉱街の<残像>に想いを乗せた。この野外展示は、「記憶」や「歴史」とも繋がることになり、彼女にとってもとても有意義なものになった。

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ちょうどこの頃、彼女のアトリエの隣に、中森敏夫が主宰するテンポラリー・スペースがあり優れた企画を立てていた。道外から日本のアートシーンで活躍する美術家が多数来廊し個展を開いた。彼女は彼らの仕事を実見し、また話を聞いて大きな刺激を受けた。特にいかなる現代的知見をこめて制作するのか、作品の価値とは何か、いかに自作をプレゼンテーションするかなどを知った。そのことは、大きな益となった。

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これまで様々な場で作品を展示してきた。札幌、東京、ニューヨークなど多数ある。さらに海外での国際コンペに参加し賞もうけている。それを全部紹介することは難しいので印象に残ったものに絞って紹介しておきたい。

まず有島武郎旧邸(2004年)のアートワーク。札幌芸術の森美術館の中にあるこの旧宅。特別の許可をうけて実施した。展覧会名が「夏のオライオン」という。実際には、夏にはほとんど眼にはみえない星。そんな眼にみえないものを意識して制作した。また床を意識しながら人形(ひとかた)像を置いた。とても斬新な試行となった。

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もう1つは、茶廊法邑での個展「My friend」(2017年)。私は、この個展については、短く『美術ペン』に書いた。この時、艾沢は世界の現状に眼をむけた。夥しい難民や被災者の群れ。ティシュペーパーを蝋で固めた。その白いオブジェを難民や被災者とした。今回のレクチャーでも、その実物をもってきてみせてくれたが、まさに<小さな人>だった。一体ずつ手でつくる。全部で2000体。私は、これを「祈りのインスタレーション」と呼んだ。こうして自己意識を、一番弱い人たちに寄り添わせる。その「寄り添い」によって、何ができるのか考えていく。それは、観る人の意識にも降り立ってくる。

いま世界中には、大切なものがどんどん壊れている。また美しいものも廃れてきている。艾沢は、それにささやかながら抗していこうとしている。素材の選び方もとても素直でいい。石膏、蝋、紙などの身近な素材を使い、何かを伝えるために手を動かす。

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作品というものが、どんなに小さくても、他者に何かを伝える力をもつことを信じている。いや一番小さいことが集積していけば、大きな力を持つことを知っているのだ。こうした世界の片隅に起こっている出来事に関係に関与する美術行為。そこに「祈りの聲」をはさみこんでいる。(文責・柴橋伴夫)

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