« [現代絵画における瞬間と永遠 | トップページ | 第84回「飛べなかった跳び箱一銅版画~インスタレーションへ」 »

2018年10月19日 (金)

第83回「現代絵画における瞬間と永遠」

83=2018427()

講師=伏木田光夫(画家)

1935年浦河生まれ。全道展会員。武蔵野美術大学卒。1969年に渡欧、サロン・ド・トンヌなどに出品、トラブール国際グランプリ(リヨン) 招待作家。個展を東京(文藝春秋画廊計12)や時計台ギャラリー( 50)などで開催。北海道の「秀作美術展「現代美術展」「北海道の美術」 に選抜出品。10年間にわたりグループ「朔」で活動。「伏木田光夫展」(芸術の森美術館1997)は大きな話題を集めた。札幌市民芸術賞 (1999)、道文化賞(2000)を受賞。現在も「魂のカテドラル」 を描くため精力的に制作中。

創造の震源を見つめる画家

 

第83回レクチャーを、画家伏木田光夫にお願いした。タイトルは「現代絵画における瞬間と永遠」。レクチャーをお願いした時、すぐに手紙が届いた。当初私の頭の中では、近作も含めて伏木田の絵画について、想う存分語ってもらうことを考えていたのだが違った。それで必ず自作についても、語ってくれるように再度お願いした。

Husigida01

手紙には、話の要旨と順番が書かれていた。「それぞれの作品が孕む、絵画や彫刻空間における瞬間と永遠を考察する。画家・彫刻家が創作時に感受したものは何か、それを問う。芸術家の創作の現場、その瞬間に立ちあってみる」とあった。かなり力の入った高度な内容になると予知した。

Husigida02

どうも伏木田は、優れた作品には、「瞬間と永遠」が宿っていると分析しているようだ。むろんそれにとどまることなく、自作づくりにおいても「瞬間と永遠」が宿っていなければならないという持論も含んでいるわけだ。

 

すでに話の順番が決まっていたので、私はこのレクチャーのための資料(映像)づくりに協力した。話の順番は、こうだった。1.ボッティチェリ「ビーナスの誕生」(ウフィッチ美術館 2.ミケランジェロ「ロンダニーニのピエタ」(ミラノ・スフォルツァ宮殿) 3.クロード・モネ「睡蓮」の一枚 4.モンドリアンの「抽象」に突入する頃の作品 5.「僕の作品」における瞬間と永遠。

 

これに沿って映像を準備した。ただ大切なものが抜けているようにも感じた。ムンクやジャコメティが入っていないことが不思議だった。というのも伏木田と話をしていると、この2人の名が頻繁に出ていたからだ。どうして省いたのか、本当は聞いてみたかった。

実のところ、ここでボッティチェリの「ビーナスの誕生」を取り上げたことがやや不思議だった。レクチャーでの説明によれば、古い壁を破ったこのルネサンス画家には、これまでにない革新性が存したからだという。

Husigida03

ミケランジェロの「ロンダニーニのピエタ」には、未完ではあるが、ミケランジェロの魂が裸形のまま現存しているとみた。また伏木田は、現代の「ピエタ」像を制作しているが、そこにはミケランジェロへの敬愛も含まれているのかもしれない。

ここでモンドリアンを取り上げたこと。それはよく理解できた。私は「樹」の連作や風景から、静物画の仕事を経て、抽象化にむかう過程を示す作品を用意した。「樹」や静物画の習作から、抽象を志向する「コンポジション」へ。この時気づいたのだが、具象から抽象の変化が短期間に起こっていた。小説家がこんなにも短い間に文体や主題を変えたならどんな評価をうけるであろうか。プラス的評価は少ないのではないか。伏木田は、この激変の過程にこそ、モンドリアンの瞬間と永遠」が立ちあらわれているとみた。

Husigida04

最後に彼の造形世界を数枚の映像で紹介した。画像を『伏木田光夫展 魂のカテドラルを求めて』展(芸術の森美術館1997年)の 図録作品から採った。

抒情性を宿した「夜の詩人」や、「リンゴ」「人形の家」などの初期の作品を紹介した。それは、武蔵野美大時代から浦河時代の作品が彼の原点であると考えたからだ。異色なのが「リンゴ」だった。この作品は、リンゴの芯から視線を放射して描いたもの。他の画家が思考したことがないことに挑んでいた。後半では近作の7つの状景 戦争」「春の使者達」「[愛のピエタ」をみせた。

彼の芸術世界には、多様なものが混在している。実存主義の影響がある。家のこと、父のことが重くのしかかった。画家は、犯罪者たる父の罪を背負っていることに悩んだ。そのためであろうか、人一倍原罪意識が強かった。一方で、愛と性を生の根源とした。

Husigida05

私は、このレクチャーを聴きながら、自己をありのままさらけ出しながら、常に自らの生命が燃焼する絵を描き続ける人が少なくなったと感じた。人間のスケールが小さくなった。と同時に絵がこじんまりしてきた。

伏木田は、大切なことを伝えていないように感じた。それは何か。創造的行為には「瞬間と永遠」が立ち上がることも確かに大切であるが、生命的燃焼や野生的パッションがない生き方からは、こころを撃つ作品は生まれてこないことを。

全体を通して、画家の仕事とは一体何か、なにをめざして描くのか、生命的燃焼とはどういうことか、改めてそのことを考えさせられた。(文責・柴橋伴夫)

« [現代絵画における瞬間と永遠 | トップページ | 第84回「飛べなかった跳び箱一銅版画~インスタレーションへ」 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1362813/74427321

この記事へのトラックバック一覧です: 第83回「現代絵画における瞬間と永遠」:

« [現代絵画における瞬間と永遠 | トップページ | 第84回「飛べなかった跳び箱一銅版画~インスタレーションへ」 »