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2018年5月

2018年5月 2日 (水)

第82回 「欧米の博物館から見た―先住民文化の展示」

第82回 2018年2月23日(金)

講 師: 出利葉浩司(北海道博物館学芸員)

1954年福岡市生まれ。北海道博物館学芸員(再任用)。北大文学部卒業。北海道開拓記念館学芸員、学芸副館長をへて2015年4月から現職。北星学園・北海学園非常勤講師、放送大学担当講師(博物館展示論)専門は文化人類学。主要論文に、「博物館と『政治的アイデンティティ』-北海道の地方博物館を例に」「北海道の先住民アイヌは環境とどのようにつきあったのだろうか アイヌの暮らしが私たちに語るもの」(吉田文和ほか編『持続可能な未来のために原子力政策から環境教育、アイヌ文化まで』所収など。

博物館への新しい視座を開示
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 第82回レクチャーは出利葉浩司にお願いした。出利葉浩司は、北海道博物館(旧・道立開拓記念館)に勤務していた経験を踏まえ、さらに欧米の博物館見聞を生かしながら、博物館での展示を巡る現況と課題を語ってもらった。私達は、いつも見る側にいるが、美術館や博物館でどんな風にして展示を構成しているのか、知ることができた。今回、出利葉は、世界的な課題である先住民の権利と現況をどう展示に反映していくかといった、今日的問題について様々な観点から語ってくれた。


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最初に、海外の博物館での、2つの対比的展示を紹介した。デンマーク国立博物館とカナダのグレンボー博物館。2つ並べてみても、はじめ深い差異に気づかなかった。しかし映像や説明をきいてみて、その差異は大きな問題を孕んでいることに気づくことができた。1つの展示は、単に人類の進歩を「年代順」に紹介するのではなく、神話世界から現在までを通史して、そこにある種のメッセージを含ませていく。また他方では、展示の中に、先住民の現況や生活を紹介しながら、一方的な展示スタイルを排除していた。こうした新しい視点を導入しながら、ある場合は、しっかりした歴史観と思想をベースにしながら、展示を現代化しているようだ。

次に博物館の歩みを、速足で紹介してくれた。その長い歴史を一言で括ることは難しいが、より簡略化していえば、はじめは王侯や貴族や権力者が、稀有なもの・高価なものを収集し、それらを独占的に所有し、閉じた空間で「開示」していた。次にキリスト教世界では聖遺物や、神が創造した「自然の産物」と、人間の創造物たる「人工物」、その双方を収集した。さらに大航海時代になり、非欧州世界と非白人を「発見」していく。絶対王政下では、王のコレクションは、政治や外交のツールともなった。彼らが所有する人工物(驚異的な)は、「知の独占」、つまり「世界の所有」を意味することになった。市民革命により、それが音を立てて崩れた。自由と平等の旗により、王の贅沢なコレクションが「公的な財」として市民に公開された。これがいわゆる博物館の始まりというわけだ。
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こうした「閉鎖・独占」から「公開・共有」への動きを辿ってみて、改めて感じるのは、いまは当たり前になっている「公開・共有」の大切さである。「公開・共有」は長い歴史を通じて、まさに市民が獲得したものであるとこと、このことを忘れてはならない。こうしたことをしっかりと踏まえつつ、「自分達の博物館・美術館」という意識をもたねばならないことはいうまでもない。
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もう1つ大きなテーマになっていることがある。大航海時代とその後の欧米諸国による植民地主義により、これまでの人間観や民族観が根元から改変を迫られたことだ。つまり簡単にいえば「世界の認識」が揺らいだわけだ。なぜなら「異文化」「異宗教」が流入し、非キリスト教世界が存在することを知り、と同時に「人間」そのものに対する理解が単一ではなくなったのだ。単一な人間観ではなく、白人、黒人、先住民、アジア人などを包括する人間観が求められた。
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実際に、博物館のあり方や展示内容に対して、1970年代から先住民からのクレームの聲があがった。さらに1980年代には、展示内容そのものにも「意義申し立て」が起こった。あの有名な大英博物館でも、それが起こったという。アマゾン奥地に住む民族を紹介したが、「伝統的生活」だけを紹介しているが、「生存闘争」について触れていないと、抗議の声があがったという。さらにスポンサー企業と展示内容の関係も問われることもあるという。こうした抗議や異議ありの動向をうけて、展示の際には先住民達との「協働」が一般化してきているという。

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レクチャーが終わってからも、参加者からアイヌの方々の人骨返還問題について質問がでていた。人骨返還の問題を解決していくためには、人類学の在り処が問われると同時に、これからは「死者の人格」という観点も必要になるようだ。

こうして現代社会においては、どんな国においても、民族との「共生思想」に基づいた博物館のあり方がもとめられているわけだ。(文責・柴橋)

2018年5月 1日 (火)

第81回 「手仕事と場仕事」

第81回 2018年1月26日(金)

講 師: 藤沢レオ(金属工芸家・彫刻家)

1974年北海道虻田町(洞爺湖町)生まれ。道都大学美術学部卒業、現在同大学非常勤講師(金工)。卒業後ニセコ町ラム工房にて澤田正文氏に師事。1999年樽前artyを発足し、2014年NPO法人化。2016年には帯広美術館、リアス・アーク美術館(宮城県気仙沼)、玄玄天(福島県いわき)などで作品発表。樽前arty+では、地元苫小牧をフィールドに展示会企画。学校での体験講座、行政、企業などとの協働などアートを触媒に社会と関わる。




感性を蘇生させるアートワーク
 

第81回レクチャーは、虻田町生まれの彫刻家藤沢レオにお願いした。藤沢は、道都大学美術学部デザイン学科を卒業後、「ラム工房」の澤田正文氏に師事した。その後独立し、「工房LEO」さらに「樽前arty+」を設立して、現在に至っている。

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藤沢は、これまで主として鉄を素材にして作品づくりをしているが、彫刻作品の「概念」をこえて、より空間や時間を意識した作品づくりに挑んでいる。工芸的アートワークも多数ある。ネームプレートやショップの看板デザイン、鉄と木を組みわあせた家具や照明器具も制作している。
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特に地元(苫小牧、樽前、輪西、飛生など)をとても大切にしてアート活動を展開している。具体的にはオープン参加型の「樽前arty 」を主宰し、「飛生アートコミュニティー」でのアートイベントや北広島での企画展「鉄 強さと優しさの間で」(北広島市芸術文化ホール)などに参加し、茶廊法邑(札幌)や東京での個展開催や、苫小牧市美術館や芸術の森美術館などの公的美術館での展示も多数ある。
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 今回のレクチャーで、映像で紹介してくれた中で、印象ふかく感じたのは、自ら作品制作をプレゼンテーションしながら、地元の小学校などにアート作品を設置していることだった。「待つ」のではなく、自らが前に出て、自分のアート作品の魅力と設置の意義をアッピールする。そして学校側の要望を組みいれながら、恒久的な展示作品を完成していく。仲介業者を介在させることとなく、直接的に話を進めていくわけだ。学校に設置された作品。子供達は成長しても、どこかでそのアート作品を記憶し、自分の思い出の中に組み込まれていく。それはとても素敵なことだ、と想い至った。

また斬新なことにも取り組んでいる。スケートリンクの下に、画用紙で雪の結晶や動物の形をつくり、埋めていく。子供達は滑りながら、足元に広がる絵図を愉しむという試行だ。
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さらに藤沢は、苫小牧市美術館と協力して、地元の学校への「出前授業」にも積極的に取り組んでいる。この出前授業は、子供の感性や創造性を育んでいる。これはとても意義あるものといえる。つまりアートが、閉じられた空間でもある美術館や画廊から離れて、日常の時間空間の中から生まれることを、教えてもいることになる。
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共に手を動かし、作品を生み出す喜びは、何にも増して価値のあることだ。そ
のために学校側や美術館側と、事前の打ち合わせをしながら、1つ1つ積み上げていくこの行為。それを一回性で終わらせることなく、さらに継続し、発展させる。これはなかなかできるものではない。どうも藤沢には、「プロデューサー的才能」もあるようだ。いや、それ以上に、アートを身近なものにしたい、子供達の喜々とした顔をみたい、さらに地元を元気にしたいという、そこには、そんな意識も働いているに違いない、と強く感じた。

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 さて藤沢の作品の魅力について、少し語っておきたい。

藤沢の代表作に水糸を使ったインスタレーションがある。作品はこんな感じだ。水糸を天上から垂らし、その先端に玉をつけて、それを無数に連鎖する。その場の空気に反応して、振り子の原理で糸はゆれていく。これは何をしめしているのであろうか。かなりミニマルな行為の集積だが、揺れることで、見えない風や空気を感じることになる。きわめて静かに、きわめてさりげなく、身と心で何かを感じることを、企図しているようだ。

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 多面的な活動を展開する藤沢レオ。ライオン(レオ)のように、つまり獣的ではなく、むしろ素材をいかしながら、不可視な「気配」や「空気感」を大切にするアート作家。今後も、その感性を現代的に飛翔させてほしいものだ。さらに持ち前の先進的思考を燃えたたせながら、新しい展開も期待したい。(文責・柴橋)

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