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2017年7月 1日 (土)

第76回「本の表紙を描いて」

76 2017727日(木)

講師:民野宏之(画家)

1956年北海道生まれ。

1983年から油彩を始め、同年に初個展を開催。日常のなにげないワンシーンを描いた静かな気配漂う作品で注目を集める。1992年から、林真理子、三浦綾子、東野圭吾など数々の本の装丁画を手掛けている。2009年には資生堂カレンダーに採用。現在、札幌のアトリエを拠点に日本全国で展示会を開催するなど幅広い活動を行っている。

 

絵画にただよう静かな気配は、日々の暮らし方から生まれていた

 

76回レクチャーは、札幌宮の森のアトリエを拠点として風景画や静物画を描き、今年、ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロなど、ベストセラー作家の本の表紙も数多く手がけている民野宏之氏と、SALAの柴橋伴夫代表との対談形式で行われた。冒頭で柴橋代表は、「長年にわたり民野作品を見続けてきた。良い仕事をしている。今日は彼の人柄も引っ張り出したい。」と述べた。人前で話す事の少ない民野氏の話を聞ける貴重な会とあって、会場は満席となった。

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民野氏は1956年、北海道岩見沢市出身。旧北海道美唄東高等学校に通った。学校が嫌いで、雨が降った日には一度も登校しなかった程だが、雨の音を聴くのは好きだった。アルバイト先のジャズ喫茶「志乃」へ足繁く通い、マイルス、コルトレーンから入って、チックコリア等に耳を傾けた。自らもアルトサックスを吹き、一度だけベッシーホールでライブを開き、トリオでフリージャズを演奏した事もあった。

 

本格的に絵画を始めたのは、20代後半を迎えた1983年から。同年に初個展を開催した場所は、昨年、惜しまれながら長い歴史に幕を閉じた『ギャラリーたぴお』だった。現代美術グループ『存在派』を主宰した金子辰哉氏と、F4キャンバスにリキテックスで絵を描いて遊んだ事がそのきっかけとなった。

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 画家となる経緯を話し終えた後は、スクリーンで作品画像をジャンル別に見ながら本人の解説が加えられた。まずは、「実際にあるものしか描かない」という民野氏が、日常のなにげないワンシーンを描いた静物画の数々。「具象的な静物画でも、抽象画のように色で遊びたい」との発想でカラフルなモチーフを探したシリーズから、数年前から愛用しているドイツ『シュミンケ』の絵の具を用いながらそのチューブを描いた作品、マカロンやmmチョコレート等のお菓子を描いた作品が紹介された。ある朝、目覚めた時に『溶けかけたアイスバーを描いたら面白いんじゃないか』と閃いたシリーズは、丁度良い溶け具合を待って描くのに苦労したという。トリミングがすっきりとした構図は、最初に「この部分を描きたい」と見定めて描かれている。

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続いて、空、雪原、木々等を描いた風景画の紹介。空を描いたシリーズは、アトリエ、飛行機、旅先など様々な場所で、気に入った雲に出会った時にスケッチを行い、後に油彩で描いたもの。柴橋代表からの『(見たままの)写実ではなく、その場の空気感を描き出しているようだが、何を大事にして描いているのか?』という問いには、「単純に、対象物を素直に描いているだけ。それを続ける事で、後から空気感が画面の中に入り込んだらいいなと思っている。」と答えた。鑑賞者も絵に入り込めるような場の空気感と気配は、素直に描写する日々の繰り返しから生まれているようだ。

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民野氏の一日は、午前4時半の起床に始まり、7時過ぎから1時間半ほどサイクリングに出て、戻ってから水彩画を描く。音楽はJAZZとクラシックを絵に合わせて選ぶ。昼食後には必ず昼寝をして、午後1時半頃から油絵を描く。夕方4時頃からビールを飲み始め(飲みながら描く事もある)、夕食でも引き続きビールを飲み、夜8時半には寝てしまう。そのような時間の使い方と心持ちが、自然と絵に入り込むのかもしれない。


やがて話題は、本レクチャーのタイトルでもある『本の表紙を描いて』に移行した。民野氏は1992年から、林真理子、三浦綾子、東野圭吾などをはじめとする、130冊の本の装丁画を手掛けている。頼まれ方にはいくつかのパターンがあり、大抵の場合、編集者からモチーフについて要望を言われるが、本の内容について説明的にならないように描く事が多いという。例えば、まずは初稿を全て読み、編集者・装丁専門デザイナーと打ち合わせして、どのような絵を描くべきかを決める。印刷物なのでテクスチャーにはこだわらずアクリルで描く場合が多く、早ければ1週間ほどで原画を描く。

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特に印象に残っているのは、先述のとおり今年のノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロの代表作『わたしを離さないで』の表紙にまつわるエピソードで、個展会場に装丁家の坂川栄治氏が持ってきたカセットテープを描く事になったものの、台北への渡航が決まっていた事から、ほとんど旅先のホテルに引きこもって描き上げ、台北の郵便局から原画を送ったという。他にも、『百歳の幸福論』(加藤シヅエ)の表紙は既存の絵を使わせて欲しいと依頼されたもの。『不機嫌な果実』(林真理子)では、既存の作品に背表紙を加えて描き直した。『インタンジブル・ゲーム』(幸田真音)ではモチーフを任され、『悪と不純の楽しさ』(曽野綾子)ではフラ・アンジェリコ『受胎告知』の模写を頼まれベニヤに描いた。昨年手がけた『フェルメールの憂鬱』(望月諒子)では、小説の内容に合わせて実際にフェルメールの贋作の贋作を二枚描き、1ヶ月半程を要したという。

 

2009年には突然の依頼を受け、資生堂カレンダーにも採用された。時間をかけて打ち合わせが行われ、広めに描いた花々を、デザイナーが水滴越しに見えるイメージで切り取った。これまでに刺激を受けた画家・グラフィック作家は、心の師匠として「絵を描き始めた頃に一番刺激を受けたし、今見てもやはりすごい」と、アンディ・ウォーホルの名を挙げた。柴橋代表によれば、「ウォーホルはブルーノートのレコードジャケットなどのデザイン仕事も手がけており、、亀倉雄策も然り、グラフィックは見ただけで全てが語られるものが最高」であると語っている。民野作品が長年にわたり評価されているのもそれが所以だろうか。日本画では福田平八郎に刺激を受けたという。

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61歳。今後は、「車の免許を取るので、ドライブに行ってスケッチをしたい。作品はその中から生まれてきたらいいなと思っている。毎日練習して、少しずつ良い線を描いていけたら。」という。柴橋代表は、「安定感のある静かな絵が求められている時代。(民野作品を見ると)人柄そのものが絵の中にある。自分の今目の前にあるもの、感じた事を絵に入れている。その生き様を続けてほしい。」と締めた。


: 矢倉あゆみ

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