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2017年1月13日 (金)

第70回「絵と人生」

70 20161125日(金)

講 師:渡辺貞之(画家)

1940年旭川生まれ。道学芸大(旭川校)卒。

秩父別町開拓記念像制作(1995)。網走美術館企画で「天使の詩が聞こえる」展開催(2006)。私設「うなかがめーゆの美術館」開設(2002)
現在アートホール東洲館館長、全道展会員。

独立展準会員推挙(2007)、独立展選抜展で奨励賞(2014)を受ける。
深川文化賞受賞(2003)

絵を通じて人生をみた   

Sadayuki

第70回例会は、深川在住の画家渡辺貞之にお願いした。タイトルは、「絵と人生」だった。渡辺は、いくつもの顔をもっている。深川にある東洲館の館長を務めながら、地域文化の育成に力を尽くしている。その中の1つが、芝居づくりである。自ら脚本や舞台構成を担当しながら多くの市民と交流している。また数年前には、全道展の事務局長を務めていた。渡辺は、道内に幾つかの公募展があるが、この会の価値について、「人を育てる会」であり、それはとても大切なことだと語っている。ただ絵が技術的にうまくなるのではなく、「人を育てる」という視点は興味ふかい。なぜなら人が絵を描くのであり、その作家の人間性が宿らない作品はとても薄ぺらいものになるからだ。

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本題にはいる前に、これまでの作品の歩みをスライド映像で紹介してくれた。大きな変遷があった。1980年代には、室内状景の中に人体の部位を点在した。1990年代には、「回転」シリーズへ、さらに2000年頃から子供が登場する「黒い羽根の天使」シリーズとなり、最近の演劇的要素を組み入れた「ごっこシリーズ」に発展した。

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渡辺は、絵と人生を語る上で、教員(小学校)生活は大変重要という。長年の教員生活の中で、子供から多くのこと学んだという。子供の絵は一枚一枚が、素晴らしい価値があるという。なぜなら絵の中に、子供の心がそのまま映しだされているからだという。今回、母牛と子牛を描いた子供達の絵をみせてくれた。ある子は母牛のやさしさを強調し、ある子は子牛の表情に着目して描いていた。そこには「上手、下手」を超えた何かが表出していた。絵には、独創的な構図もあり、なにより自らの心をストレートに絵に押し出していた。

渡辺は、このレクチャーで、子供の頃から貧しい生活の中で多くに素晴らしい友人(仲間達)や先生から、多くのものを与えられたかを語っていた。それが財産になっているという。だからこそ自分にとって絵と人生は切り離すことはできないという。この話をきいて、私は、この画家は、絵を描くことで自分を見つめ、絵によって自分が支えられ、またそこから新しい自分を作りだしてきたのだと感じた。

子供の頃から絵のうまい子だったようだ。小学校時代には、たくさんのポスターコンクールに入賞したという。大学時代に師から「ひたすらデッサン」が大切と教えこまれた。それを日々実行した。デッサンすることで、しっかりと対象をみつめることを学んだ。そうすることで当時席巻した抽象画の波をうけることがなく、具象画に留まったという。いまでも「ひたすらデッサン」を続けているという。

ここで渡辺の絵画の特質について、少し語っておきたい。絵の中に子供達を描いているが、そこに大きな意図が隠されている。渡辺は、「子供は天使」の表情もするが、ある時は「悪魔的な表情」をすることがあるという。つまり子供を、「小さな大人」としてみている。羽根をはやした子供。さまざま遊び(ごっこ)に興じる子達。そして絵の中にある種の心理劇や深層心理を持ち込んだ。つまり舞台状景という「虚の世界」に、現代人の心を象徴させたわけだ。だから一見してとても入りやすいが、実のところ深いものが隠されているのだ。

最後に私からお願いをしたい。地方で美術館を運営することはとても大変なことだ。深川の東洲館がより地元に根ざした活動が進展することを…。そして渡辺の絵画がさらに現代性を帯びながら、独立展おいても確固たる評価が得ることができるようにと…。(柴橋)

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