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2016年8月 3日 (水)

第64回 失われていく札幌の建築を見つめて

64 2016527日(金)

講 師:山下和良(建築家)

1971年札幌生まれ。北海学園大学法学部卒業、北海道建築研究会、通称ホッケン研代表(株)オフィスやました代表取締役学生の頃より札幌の古建築を撮影する。

解体前・解体中・解体後のビフォーアフター撮影をこよなく愛する。記録だけでは満足できなくなり、2010年に北海道建築研究会(ホッケン研)を立ち上げる。特に戦後の素敵な住宅にターゲットを絞り、訪問・取材・撮影を続けている。

古い建築への愛を感じた
 

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建築家山下和良に「失われてゆく札幌の建築を見つめて」と題してレクチャーをお願いした。山下は、学生時代より札幌の古建築と出会い、それを写真に記録してきた。それが高じて、仲間と共に北海道建築研究会を立ち上げ代表となっている。古建築とは「築50年以上」の建築を指すという。50年といえば、まだ「若い建築」であるが、札幌ではそれが種々の理由で取り壊わされているという。その古建築を「元気なうちに」見ておきたいとフィールドワークをしている。それを続けていると、不思議なことに「古建築」がかけがえのない「人」にみえてくるという。

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さてレクチャーは、2部構成になっていた。1部は「失われた建物」、2部は「残った建物」。1部ではまず「エゾライト」といわれた田上義也が設計した「小熊邸」を紹介した。田上義也は、世界的建築家、あの帝国ホテルを設計したフランク・ロイド・ライトの弟子。この小熊邸の主は、北海道帝国大学農学部の教授であった小熊棹(まもる)だった。この建物は、その後北海道銀行が所有したが、老朽化が激しく取り壊す予定だった。それを市民グループが立ちあがり「保存」運動を展開した。現在、この「小熊邸」は、運動の力で移築・保存され藻岩下にある「ろいず」が経営するコーヒー店となっている。

山下は、移築される前に家のある部位を入手した。今回山下は、会場に持参して見せてくれた。フランク・ロイド・ライト風のデザインだった。その後もかなりの貴重な古建築が解体され、この世から姿をけした。

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山下は、順番に写真で紹介してくれた。私にとっても懐かしい建物がたくさんあった。またこんな価値があったのだと気づかされたものもあった。少しその名を挙げてみたい。「旧札幌逓信局」(片山隆三の建築)「旧・拓銀の本店」。「旧・札幌市民会館」。「藤学園キノルド記念館」。最近では「王子サーモン館」(旧北海道ホルスタイン会館)。個人的には、歴史的建造物であったこの「王子サーモン館」の取り壊しが心に残っている。なぜなら札幌市の開発計画により壊され、そこに新しい市民ホールが建てられているからだ。古い価値を壊し、そこに多大な経費を使い新しいものを創る、これが札幌市の標榜する創造都市札幌の実際である。

岩井俊二監督の映画「ラブレター」のシーンに登場したのが小樽の旧・坂(ばん)別邸。炭鉱主であった坂家の別邸として、田上の設計により建設された。残念ながら2007年に焼失した。円山にあった田上の設計といわれる「旧相内邸」は、レストラン「アン・セルジュ」となっていたが姿を消した。山下の話を聞いていて、田上建築が最近まで姿をみせていたことを知った。それが知らない内にどんどん姿を消していることに改めて驚いた次第だ。保存の方法がなかったのか悔やまれる。法律をつくるとか、保存指定をするとか、知恵がほしい。そのためには、市民の中に「建築は人」「生きている空間」という意識が高まる必要があることはいうまでもない。

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 つづけて現在、残されている建築について、山下流の楽しい見方を教えてくれた。アトランダムに紹介しておきたい。デザイナーの栗谷川健一邸は上遠野徹の建築で、エル字形の大きな窓が個性的。八雲町公民館は、田上の建築。春香山の本郷新のアトリエ、これも田上の建築。真駒内青少年会館は、「メタボリズム」を提唱した黒川紀章の建築。札幌パークホテル(旧・三愛ホテル)は、ル・コルビジェの弟子坂倉準三の作品。有田焼のタイルを使用している。北海道銀行本店は、床や内装面もユニークという。札幌にある、外見が威圧的表情をみせる農林中央金庫は、ドイツ・ナチス建築のスタイルをみせているという。こうしてみると、まだまだ残された建築にも優れた作品が多いようだ。
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山下のように「建築を人」としてみる視座は大切と感じた。そしてその建築に宿った時代の思想(イズム)を読み取ることで、新しい出会いと発見があるかもしれない。そのためには、自分の足でまず歩きつつ、建築といい出会いをすることが大切なようだ。

(文責・柴橋)

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