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2016年8月 2日 (火)

第63回 Suomiの大樹 ジャン・シベリウス

63 2016422日(金)

講 師:駒ヶ嶺ゆかり(声楽家・日本シベリウス協会理事)

‘96年館野泉氏音楽監督による「ノルディックライトin Sapporo」に出演し、初めて北欧歌曲に出会う。’98年よりフィンランドに渡り、館野泉氏とマリア・ホロパイネン氏の許で研鑽を積む。

オウルンサロ音楽祭(フィンランド)をはじめ、「シベリウス生誕150年記念」(東京)、「丹波の森国際音楽祭」「北欧音楽祭すわ」など国内外の音楽祭に出演。4年間8回のリサイタルを開催した『シベリウス歌曲全曲演奏会』を完遂。

札幌文化奨励賞、札幌市民芸術大賞、道銀芸術文化奨励賞受賞。

シベリウスの音世界の背後にあるもの

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札幌在住の声楽家・駒ヶ嶺ゆかりに、「suomiの大樹」と題してレクチャーをお願いした。「suomi」とは、フィンランド語では「湿地帯」の意で、さらにフィンランド共和国をあらわしている。「suomiの大樹」とは、音楽家・ジャン・シベリウスのこと。 

シベリウスは、2015年に生誕150年を迎えた。北欧文化と深い繋がりのある北海道。私は、生誕150年に合わせて、シベリウスのことを語ってくれる人を探していた。

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最適の方がいることにきづいた。1998年よりフィンランドに渡り、館野泉とマリア・ホロパイネンの許で研鑽を積み、シベリウスの曲を歌っている駒ヶ嶺ゆかりにお願いした次第だ。

このレクチャーでは、「スオミ」の歴史と文化を踏まえながら、シベリウスの人と音楽世界について、十全に語ってくれた。その全てを短い紙幅では紹介しきれないので、数点に絞ってまとめておきたい。

まずスオミの歴史と文化について。フィンランドは、広大な森と美しい湖の国だ。なんと湖は約19万湖あるという。また建築やデザインの国でもある。アルヴァ・アアルト(建築)、イッタラ(デザイン)、NOKIA(携帯電話)など。いがいだったのが、珈琲、バナナ、ローソクの消費量は世界1という。また教育国で、人々は読書時間をとても大切にしているという。

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よく指摘されるように、フィンランドの歴史・自然とシベリウスの音楽は深い関係がある。これまでフィンランドは、強国に挟まれ、幾多の受難を味わってきた。13世紀から長くスウェーデンの支配下にあった。また一時、ロシアの支配下に入り大公国となった。

政治的独立を達成したのが、1917年のこと。しかし第二次世界大戦では旧・ソ連に敗れ、カレリア地方南部を喪失した。それは日本の北方領土が旧・ソ連に奪われたことと同一の体験となった。シベリウスは、祖国や民族のことを題材にして曲づくりをした。それだけではない。自らの気質もフィンランド音楽と深い縁を結んでいるという。「沈んだハーモニー」「モノトーン」は、「抜きがたい気質」とまでいう。この「沈んだハーモニー」「モノトーン」などは光、風、水などが発する自然の霊力を含んだものであろう。

駒ヶ嶺は、シベリウス家のことを少し紹介してくれた。音楽一家だった。また叔母エヴァリーサは、シベリウスの音楽的才能に気付いてくれた人という。シベリウス自身、叔母のことを「僕の太陽」といった。父方の叔父からは、星座と音楽のことを聴いたという。

またシベリウスは特異な才能があった。子供の頃から音楽を色で感じたという。イ長調は青、ハ長調は赤、へ長調は緑など感受した。

シベリウスは、異国の都市ウィーンで、民族の叙事詩たる「カレワラ叙事詩」と出会う。自分の体内に流れる民族の血を自覚した。そしてこう言い放った。「森羅万象が我々人間に向かって語りかけてくる世界こそ『前衛』そのもの」であり、「カレワラ」こそ、「音楽そのもの」「主題と変奏」があると。

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そこから生まれたのが、初期の合唱付き管弦楽曲「クッレルヴォ」(作品番号7)。ここで「クッレルヴォ」のDVDをかけてくれた。「クッレルヴォ」は、英雄の勇敢と悲劇、さらに自然の中で男女の愛を描いている。駒ヶ嶺は、この作品には「真のフィンランド音楽のたしか目覚め」とシベリウス音楽の「着実な萌芽」があるという。

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私達にとって一番身近な曲は、やはり「フィンランディア」であろうか。この作品は、祖国の歴史を踏まえた「歴史的状景」(作品25)の一部。1899年11月4日の「放送記念日の音楽」の終曲が「フィンランディア」であった。その際の名称は、「フィンランディアは目覚める」。以来、独立した作品として演奏された。この曲のメロディは賛美歌としても歌われている。詞は、「立ち上がれフィンランドよ 誇り高く」となかなか愛国的だ。

全体として、シベリウスの音世界の背後にあるものとは何か、それがいかにシベリウスの音楽を理解する上で大切なことか、知ることができたレクチャーであった。

(文責・柴橋)

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