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2013年11月

2013年11月27日 (水)

「池袋モンパルナスの画家達との出会い」

SAPPORO ART LABO 2013 サッポロアート・ラボ 第39

「池袋モンパルナスの画家達との出会い」      

-開催日2013年10月25日(金)

 

 

■講師:清水眞智子(北のモンパルナス店主)

 

東京で池袋モンパルナスの画家達、その軍靴が響く暗い時代に芸術に情熱を傾けた画家達に魅了され、コレクションを開始。来札後、2011年秋に札幌市西区に「ギャラリー北のモンパルナス」開設。これまで池袋モンパルナスの画家達の作品や「原爆の図」を描いた丸木位里・俊夫妻の作品展を開催。2012年には、秩父別出身の丸木俊生誕100年を記念した展覧会を開催した。

 

 

 

■会場 ト・オン・カフェ  札幌市中央区南9条西3丁目2-1マジソンハイツ1F 

 

 

 

小さな箱「北のモンパルナス」の光

 

 
いま静かな話題となっているギャラリー「北のモンパルナス」店主清水眞知子さんにレクチャーをお願いした。私がこのギャラリーの存在を知ったのは最近のことであるが、その真摯な企画力とそれを支える熱情に感銘をうけていた。またもう1つ付け加えるとすると、この画廊のコレクションが、「池袋モンパルナス」の画家を軸にしており、その画家達は、どんなに暗い時代であっても、その闇を切り開いていたことを、伝えようとしているからである。

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はじめに自己紹介があった。札幌琴似八軒で生まれた。東京の大学を卒業後は、アートとは無縁の住宅関係の会社に勤務(37年間)した。土日には、街歩きをして、次第に「美しいものへの憧れ」に関心を移した。美術作品(リトグラフや油絵)と出会い、買うことも覚えた。そんな中で渡辺正憲(会社の上司の息子)の個展に足を運び、縁があって自分の肖像画「セレニテ」を描いてもらった。さらに高間惣七(夭折の画家高間肇子の兄)の存在を知らされた。次第に画家達の生き様に心が砕かれ、いぜんと「池袋モンパルナスの画家」達に強い関心を抱いた。その時に出会ったのが「池袋モンパルナス」の「生き証人」である五十嵐健市(ギャラリー「いがらし」店主」)であった。その店に通い、画廊主としての「生き方」も教わった。

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2007年には帰札した。画廊オープンを準備したが、母の死と、「3.11の大災害」が重なり、逡巡の日が続いた。ただ「こういう時期だからこそ」と決意を固めた。当然にも名を、「北のモンパルナス」とした。

 

このあと現在のコレクションを紹介してくれた。小熊秀雄、寺田政明、熊谷守一、丸木夫妻。佐伯米子、原精一など。一作一作と出合い、その都度清水は、その作家の生き様から、多くのことを教わった。困窮生活の中で、互いに身を寄せ合い、ひたすら絵筆を握った群像を発見した。またそこに純正な魂の形を発見した。私からみて、それは池袋モンパルナスの見えない「場の霊」と「画家の魂」が、彼女に降臨したといえる。彼らは、そんな人が来るのを待っていたはずだ。まさに運命的に「予定」されていたのだ。

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清水さんは、念願の「丸木俊生誕百年記念」展を、2012年に開催した。ギャラリーいがらし、さらに丸木美術館(埼玉)も協力してくれて、「原爆の図」などを貸してくれた。マスコミも取り上げてくれた。道内の公的な美術館ができないことを成した。その功績は、特筆していい。俊は、原爆投下の3ヶ日後、丸木位里の故郷広島へ。俊は被爆し、長く病に苦しんだ。清水は、「丸木夫妻の仕事は、ノーベル平和賞に値する!」という。私も同感である。今後は「池袋モンパルナス」の画家を基軸にして、美術史や美術界全体を見つめていきたいという。また文学・音楽・演劇の世界とも交流したいという。最後にこうしめてくれた。「私は池袋モンパルナスという良質な菌に感染された。続いてこの菌に感染される人が出てくることを願っている」「人生には美しいもの、芸術が絶対に必要であると信じている」と。さらに、小さな箱「北のモンパルナス」が、さらに静かに光を放ってくれることを願いたい。

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(文責・柴橋伴夫)

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