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2013年1月

2013年1月 8日 (火)

「廃品アートに魅せられて」

「廃品アートに魅せられて」  -開催日 2012年1130日(金)-

講師

M.ババッチ(美術家)

1945年生まれ。1972年スクラップ制作開始。BABATCHI展、世界環境展、京都ゴミアート展、滋賀リサイクルアート展、伊香保アートは楽しい2、秋田アートでZOO、日韓美術交流展、東急ハンズ大賞展、洞爺湖国際彫刻ビエンナーレ、環境彫刻とアート展、2000年栗沢で私設美術館開館。全国小・中学校美術教科書に作品5回掲載。

会場 札幌市市民活動プラザ星園 札幌市中央区南8条西2丁目

■受講者25

 

廃品を「変身」させるアート

 

廃品再生アーティスト、M.ババッチにレクチャーをお願いした。タイトルが「METAMORPHOSIS(変身)」―廃品アートに魅せられて、だった。この名前から、みんな外国人と思うという。本人は、この時、「アートネームが私の人生を変えた。正しく変身したのである」と語っていた。この名が、幸運を引き寄せた。

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さてみんなで作品を制作することもあり、札幌市・市民活動プラザ星園 で行なった。

 

はじめに簡単な自己紹介があった。樺太でうまれ、苫小牧へ。印刷会社で画工として働き、夜学高校に通いながら、溶接や製図を習った。その後札幌へ、印刷会社に勤めながら、夜にデザイン研究所に通学。まさに苦労人である。24歳で、デザインを生業と決意する。1972年に運命を決めるある出会いがあった。デザイン雑誌で見た、ピカソやカルダーの彫刻作品や、木村直道さんの贋象作品に強く心が引かれた。それが契機となり、自ら廃品を集めながら、作品づくりに着手した。

 

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  ではババッチの生き方をかえてしまった木村直道(19231972)さんとは、どんな人だろうか。埼玉生まれの彫刻家で、廃品の「scrap」と彫刻の「sculpture」をあわせた新造語「スプラクチャー」をつかって、遊び心満載の作品づくりをした。だが、残念なことに、だが1972年に、49歳の若さで自らの命を断った。だから、M.ババッチが、彼の作品とであった頃には、すでにこの世にはいなかったわけだ。その後墓参りを行い、遺族にもお会いした。

 

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参考:木村直道作品

もう一人、大切な人がいるという。今回レクチャーにも参加してくれた渡辺洋子さん。彼女は、M.ババッチが、1991年にギャラリー「たぴお」(札幌)で開いた展覧会案内ハガキを原美術館(東京)の館長宛に送ってくれた。それが縁で別館(ハラミュージアムアーク)のキュレーター金澤毅が公開制作と作品展示を依頼してくれた。それから数多くの展覧会に呼ばれている。1997年には、京都議定書の共催で「ごみアート展」に、全国から招待された6人の一人となった。「東急ハンズ」のコンペや、環境彫刻&ユーモアアート展(千葉県/船橋海浜公園1994年、1995年)にも入選する。洞爺国際彫刻ビエンナーレコンペ展では、応募作品(726点)の中53作品に選ばれた。

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さらに「ボレアスジャパン」を主宰し、全国の仲間と、たのしいアートの展覧会を開催している。なんと「ボレアス展」は、全国で20数回を数えるという。2000年には、滋賀県の八日市と長浜市の芸術会館ホールで大規模な展覧会をした。作品が興味もたれて、全国小学校・中学校の図画工作教科書に作品が掲載された。

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 1999年には栗沢町の炭鉱の廃屋施設を借りて、アトリエとして制作開始。2000年に2階をギャラリーにしてスクラップアート美術館としてオープンした。いま大きな夢を抱いているという。現在、所有(在庫)している作品(1000点以上もある)を、いつかこの作品を全部売り、「アフリカに小学校を建てそこでアートを教えたい」という。なんとでっかく、素晴らしい夢であろうか。この純粋な心、このアートを通じて子供と接したいという心。ぜひ実現してほしい、いや実現させてあげたいと、強く思った。

 

 アートトークの後の時間を使って、参加者全員で、用意してくれた民芸品の残りの木で工作を開始した。はじめ緊張していたが、みんな子供の時に戻っていた。イメージを膨らませて、どんどん手が動く人、眼を輝かしている人が多かった。でも初めに「何を造りなさい」といわれていないため、かなり大変なことが分かってきた。それでも、みんな作品(?)らしきものに辿りついた。

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最後にみんなから、「自作」「迷作」を前に、制作意図や感想を簡単にのべてもらった。身近な素材や廃品などを組み合わせることで、世界でたった1つの作品が生まれることを体験したようだ。なにより、精神の自由な「変身」、その面白さを学んだ。みんなに作品をもって帰ってもらった。

(文責・柴橋伴夫)

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