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2012年11月

2012年11月14日 (水)

「炭鉱の記憶を掘り起こす」

「炭鉱の記憶を掘り起こす」        -開催日 2012928日(金)-

講師

上遠野 敏(美術家)

1955年福島県生まれ。美術家。国内外の現代美術展を中心に発表し、地域活性化を図るアートディレクターとしても活動。最近では近代日本のエネルギー源の一翼を担った産炭地の光と影を問う「炭鉱の記憶を掘り起こす」アートプロジェクトは、地域活性化のメッセージが込められている。現在、札幌市立大学デザイン学部教授。

■会場 ト・オン・カフェ  札幌市中央区南9条西3丁目2-1マジソンハイツ1F

■受講者43

 

アートは、社会と交差する現場

       サラメンバーの上遠野敏によるレクチャーである。今回は、上遠野敏が係わっている、三笠市にある旧住友奔別炭鉱、その精炭した石炭を貨車に積み出すための施設(ホッパーという)をメイン会場にしたアートプロジェクトを紹介してくれた。

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 最初に、奔別炭鉱の紹介があった。炭鉱そのものは、明治35年開鉱、昭和46年閉山という。会場となったホッパーは、長さ100メートル、幅13メートル。国内では最大級のものという。

 会場には、このアートプトジェクトに参加している、札幌市立大学の学生も、多数参加してくれた。随時、スライド上映された自作に、そのつど制作意図などを語ってくれて、なごやかな雰囲気に包まれた。

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上遠野敏は、何度かこの場に足を運んで、「この空間で何ができるか」、思索したという。まず会場づくりに着手した。泥をかきだす作業を開始した。それをみて幾春別の住民の方々が、土嚢用の土や袋を用意してくれるなど、いろいろと協力してくれた。学生達は、町内会が世話してくれた宿泊所で寝泊りできた。こうした地域住民との交流が、このアートプトジェクトのもう1つの特色でもある。

 日本の産業を支えた、炭鉱施設。それが無残にも壊され、あるものは廃墟として放置されている。それに、「熱いいのち」を吹き込み、アート空間として活用する。その先進的取り組みをしているのがドイツ。「インダストリアル・ネーチャー」という言葉がある。訳して、「産業的自然」。炭鉱遺産は、決して死んだもの、つまり「廃墟」ではなく、むしろ「自然の中に生きる存在」であると、考えている。

上遠野敏は、ほぼ全ての作品(その作品写真は、写真家中優樹が撮影したもの)を紹介してくれた。その中から、私が興味をもったものに絞って、少し語っておきたい。

 まず上遠野敏の作品について。数点を制作した。「ズリ山と緑」「モス地蔵」(6点あり、守護的存在となっている)「もっと遠くに飛ぶために」「栄光と衰退」「呼吸する石炭」。この中で「栄光と衰退」は、炭鉱遺産の栄光と衰退を影絵で表現した。壁に投影された影やゆれが、生の気配を喚起した。「呼吸する石炭」は、かなり大掛かりなもの。

 

そこに行くには、一度外へ出て、「階段」(酒井裕司のデザイン)を渡り、さらに最上部につながる階段を登らねばならない。眼の下には、牧草をいれる袋を素材にしたバルーン(30m)が、横たわっていた。全体の構造を「石炭列車」に見立てながら、それに、「息」を吹き込んだ。栄光と衰退の歩みを振り返りつつ、そこに自分の感性を吹き込むことで、関係を結ぼうとする。私も実見してみて、「息するバルーン」は、心臓の鼓動のように力強く、この建物全体に新しい血を供給する、そんな生命体におもえた。とても印象深い作品であった。

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上遠野敏「呼吸する石

動画 http://www.youtube.com/watch?v=DjsttvNAT0k

 

 炭鉱マンの生活などに関心を寄せた作品にも関心があった。「みいつけた」(カクレポンの作品)で、炭鉱マンが常に身につけていた手ぬぐいに着眼した。「T's room」(oyuの作品)は、炭鉱マンの生活風景を再現しながら、現代に流れる時間との繋がりを探った。「FACTORY」(ワコボコマイ)は、針金で、精巧に立抗を再現していた。高橋喜代史は、「ホッパーサウンド」で、過去になり響いていたガラガラという音を視覚化した。

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澁谷俊彦「WHICH DO WE CHOOSE NOW?」

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 他の作品では、サラメンバーの澁谷俊彦は、彩色したカラフルな石を、エネルギーの象徴として捉えながら、さらに「真の美とは何か」を問いかけてくれた。現代美術家端聡は、「水の記憶」をコンセプトに、青い空と雲が動く装置を置いた。

かなりスケールの大きな作品もあった。「黒い穴-炭鉱の記憶を未来へー」。制作者は、グループの「SARD」。みんなで手堀りしながら、そこに聳えていた立坑櫓に縦穴が、地上と地下を繋いでいたことを踏まえて、過去と現在の記憶を結びあわせようとした。記憶というものを意識した作品だった。また「連結器」(渡邊俊介)は、空間ホッパーの構造の差異に留意して、空間のボリュームを繋いでみせた。

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この奔別アートプトジェクトは、13日間の会期中に2000人ほどの見学者がいたという。若い人達が、炭鉱の栄光と衰退の歴史を学びながら、そして地元の人たちと交流しながら、作品を作る。そんな生きた体験に基づいた制作は、とても大きな意味をもつと感じた。アートは、「社会と交差する現場」でもあるようだ。

(文責・柴橋伴夫)

                         

 

文中の作品は「奔別アートプロジェクト」HPのアーティストやブログを参照ください。

パンフレットをダウンロードすることもできます。

 

http://pon.soratan.com/



2012年11月 6日 (火)

「北の自然ーいのちと出会いを描く」 

「北の自然ーいのちと出会いを描く」 

-開催日 2012年831日(金)-

講師

増田 寿志(美術家)

1972年北海道生まれ。主に北方圏の自然をテーマに作品を描く。広告代理店勤務後、絵画制作開始。雑誌、図鑑、書籍等の仕事の他、個展等(札幌・東京・など)で作品を発表。ネイチャーマガジン「ファウラ」に「鳥への想い」連載中。2007年・全国絵画公募展「第6回中札内北の大地ビエンナーレ」にて「あなたが選ぶ北の大地賞」受賞。

会場 ト・オン・カフェ  札幌市中央区南9条西3丁目2-1マジソンハイツ1F

■受講者23

 

爽やかな風が吹いたレクチャー

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 私は、2011年秋に、「WILDLIFE ART 増田寿志作品展」(ギャラリー・エッセ)で、そこに展示されていた作品(ドローイング)の緻密さと同時に、そこに宿った自然への優しい眼差しに、深く心を動かされた。これが機縁となり、今回のレクチャーとなった。

 

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 増田寿志は、冒頭、作品づくりの原点をのべてくれた。「自然と係わることを大切にしつつ、絵を描いています。自然から教えられることが多いようなきがします」。その言葉通り、地球や自然を静かに見詰めながら、そこに生きている生き物(動物・鳥類)などを写真に撮り、それを写生しながら、絵にしている。 

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 まずWILDLIFEとの係わり、その最初の体験をのべてくれた。こんなことがあったという。高校生時代に、丹頂の舞をみた。その飛ぶ姿に魅了され、鳥の世界に興味を抱いた。さらに身近な鳥(カワセミ)などを観察した。また人間とは別なルールで、生き物達が生活していることを知らされた。雪が解ける頃に、ある光景を目撃した。鳥が、ネズミの死骸から、必要なものを選んで、自分の家(巣)づくりをしている、そこに「循環のサイクル」があることも教えられた。たしかに自然界では、弱肉強食の論理が支配しているが、反面、どんなものも無駄にしないシステムが存在している。そこにある種の「美しさ」も感受した。

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ワイルドライフの世界との出会いで、とても意義深かったのが、「大きな冷蔵庫」のようなアラスカへの旅だった。特に、デナリ(Denali)国立公園で貴重な体験をした。「デナリ」という言葉は、先住民アサバスカン (Athabaskan) の言葉で、「偉大なもの」を意味し、マッキンリー山自体を指すという。長い時間をかけて、生き物の生態を観察(目撃)し、写真をとった。自然保護の観点と、かなり危険なこともあるので、安全面から厳格なルールを遵守しなければならなかったという。特に、撮影時は、動物との距離が大切で、ルールを犯すと罰金が課せられるという。そこで撮影した主要な写真をみせてくれたが、よく動物の表情を捉えていた。分厚い氷河地帯にも、わずかな草を食べながら、ナキウサギが生息していた。生のダイナミズムが厳然と存在した。  


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 さて北海道の森では、十勝三股の森が大好きという。ミズナラの壮大な樹海。まさに北の原風景であり、湖と森は、特別に価値があるという。三国峠から撮影した写真をみせてきれたが、とても美しかった。また夜の然別湖も、梟の声が聞こえ、とてもいいという。

 

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では増田は、ワイルドライフの世界から、何を学んでいるのであろうか。私たちは、偉大な自然から、いかなる智恵をいただくことができるのであろうか。増田は、レクチャーの中で、全ての事象において、「自然の中には、<いのちのやりと り>がある」と語っていた。まさにどんな動物も他の<いのち>を食べて生きている。ひとつの死は、他の生につながっている。それは含蓄のある深い言葉であった。「自然の畏怖」も、1つの「物差し」であるともいう。かなり安易に私たちは、「動物と人間の共生」というが、それ以前に、「自然の畏怖」をしっかりと認識すべきなのかもしれない。最後に、絵を書くときの道具(ペン、インク)を紹介してくれた。

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また最近は、恐竜の再現図の仕事にも係わっているという。会場からは、もう少しドローイングをみたかったという声も上がっていた。いずれにしても会場に、爽やかな風が吹いたレクチャーだった。

(文責・柴橋伴夫)

 

                           

 

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