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2011年11月

2011年11月22日 (火)

「雫を聴くー作品の背景を語る」

「雫を聴くー作品の背景を語る」-開催日20111028日(金)-

講師

佐々木秀明(美術家)

1958年東京生まれ。1982年筑波大学芸術専門学群卒。札幌、東京、パリなどで個展。青森、ルレオ(スウェーデン)、新潟などで滞在制作。2011年夏、釧路芸術館にて大規模展。ボックスアートに始まり、94年から「雫を聴く」のシリーズで波紋の投影と微かな水滴の音による静謐で幻想的なインスタレーションを手がける。光と闇、空間に満ちた気配や記憶やイメージを喚起する試みをツ続けている。

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■会場 ト・オン・カフェ  札幌市中央区南9条西3丁目2-1マジソンハイツ1F 

■受講者35名


凛とした個性を感じたレクチャー

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2011年に、釧路芸術館で開催した展覧会で注目を浴びた美術家佐々木秀明を迎えた。レクチャーに合せて、ト・オン・カフェでは佐々木秀明の個展を開催してもらった。

レクチャーは、こんな風に進んだ。最初に敬愛する先生の横顔に触れながら筑波大学(芸術専門学群)時代の学生時代(1970年代)のことを語り、そして仲間と共同制作した空間芸術作品についても言及してくれた。次に今回のレクチャータイトルともなっている、「雫を聴く」に関わる「作品が誕生する制作の軌跡」について短く触れてくれた。

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私にとって冒頭の先生の横顔は、とても興味深かった。佐々木は、国内だけでなく、これまでもフランスやスウェーデンなどでも作品を発表しており、また映像作家山田勇男の映画では、美術監督を担当し、2002年には北方都市会議INあおもりで、レジデンス(現地滞在)をしながら安藤忠雄設計の建築空間と向かい合った。写真もなかなかな腕前。そして金属彫刻やボックスアートでも個性的な作風をみせている。多芸な人。そしてアートを総合的に捉える自由な視座は、どうも筑波大学で学んだことが、「知的な養分」となっているようだ。たしかに個性的な研究家・美術家が勢ぞろい。芸術学・デザイン史の阿部公正。写真の大辻清司。メディアアートや光アートの先駆者山口勝弘。そしてバックミンスター・フラーの影響からT&Cシリーズを手がけた金属彫刻の篠田守男など。

次第に空間への関心を抱いた。そこには、日本でも人気の高いジェームズ・タレルやサーリネンなどがいた。この時、ジェームズ・タレルの作品をみせてくれたが、それは日本(四国・直島美術館など)で知られた作品傾向ではなかった。タレルは、大学では知覚心理学を専攻しており、アートの世界に知覚と心理学を持ち込んでいる。ほとんどランドアート。壮大な作品でライフワークとなっている『ローデン・クレーター』。アリゾナ州にある約40万年前にできたクレーター噴火口)。なんとタレルは、そのクレーターの所有者を説得して購入し、1979年から工事を開始。地下トンネルを掘り、最後は、クレーターの底から空を見るプランという。

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さて佐々木は、学生時代の写真をみせてくれたが、それをみてビックリした。風貌が篠田守男にそっくりだった。大学時には、舞踏の山海塾、田中泯などの身体表現とも出会っている。

佐々木は、光、音、ワイヤーや金属、写真メディアなどを総合的に駆使して、知覚的な新しい環境空間を構築している。そんな佐々木の、創造の原風景には豊かな個性をふんぷんと振りまいた、教授達の教示や彼らが実制作した「作品」が大きな刺激を与えていると思った。既成の概念を越えてアートの熱を燃やした70年代、それは絵画や彫刻という中心軸が外れて、外延へと拡散された時代だった。そこから自己の表現体を捜しもとめた。それがたち現れてきたのが、大学時に仲間と制作した農業用シートやヘリウム風船を用いた「空間劇場1979のパフォーマンス」だった。自ら「表現の鍵となった体験」だったという。それは空間の喚起力が、凄いパワーを内在することを実体験し、それが基点となり、今度は、ミニマルな「箱」の中にオブジェを入れ、もう1つの空間を築くボックスアートへ繋がっていった。

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私自身が知らなかった仕事があった。道内で活躍する「劇団風の子」舞台美術を担当していた。なかなかオリジナリティがあって面白かった。また札幌のレストランで、ワインボトルを使った光照明を制作していた。このレストランには、まだその作品が設置されているという。

では佐々木秀明の作品の魅力とは、なんだろうか。それは一言で述べることは難しいが、はやり「空間の喚起力」を主題にしていることではないだろうか。それを総合化しようと企図していることではないだろうか。さらにいえることは、光、水、音などをしなやかに作品の中に取り込み、知覚(観る、触る、聴く)することの歓びや悦楽を、またある時は、沈黙の奥にひそんでいるあるべき音や光を発見することではないだろうか。

こんな逸話を話してくれた。山を歩き、沢を巡りの変化に美を感じ、また自分の畑で作物づくりをしていて、葉などにおりた朝露の結晶の美しさは、すばらしいと。この逸話は、「空間の喚起力」とは、決して難しいこと、哲学(美学)的なことではなく、むしろ日常のさりげない時間や、自然の営みの中にこそ、存するものであるといいたいようだ。

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最後に、釧路で開催された「共振芸術空間2011 佐々木秀明展+アート5」について、時間の関係で、そのコラボレーショーンをラッシュで見せてくれた。多くの人が、終わったあともギャラリーに展示された作品を鑑賞してくれた。漏斗(ろうと)のその真下に、小さなあかりを取り付けた透明な器。そこに水滴が落ちていた。幻燈のような光の揺らぎ。それは至福な時間へと誘ってくれているようだ。レクチャーを聴きながら、作品を同時に鑑賞する、こうした試行は、大切なことのようだ。(文責・柴橋伴夫)

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