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2011年6月22日 (水)

「北の空気と建築」 

「北の空気と建築」               

-開催日 2011429日(金)-

講師

平尾 稔幸(建築家)

1953年比布町蘭留生まれ。北海道大学卒業。1989年平尾稔幸建築事務所設立。北方型住宅賞(北海道主催コンペ)・丘の上のリニア・ハウス(建築学会北海道奨励賞)・後志家畜保健衛生所(プロポーザル最優秀)・サイレント・キャビン(建築家協会住宅部会ハルニレ賞)・ミルチ(札幌市都市景観賞)・国希酒造建築群(北海道赤レンガ建築賞)・日本建築家協会登録建築。

会場 ト・オン・カフェ  札幌市中央区南9条西3丁目2-1マジソンハイツ1F 

受講者20

自然体から生まれた建築

サラは、2011年度のスタートを切った。通算では、第12回となる今回は、札幌市内に建築事務所「時逍館」を設立して、多くの話題の建築作品を道内中心につくりだしている建築家平尾稔幸(としゆき)を迎えた。タイトルは、「北の空気と建築」だった。

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このレクチャーでは、建築学会北海道奨励賞をうけた「丘の上のリニア・ハウス」や、札幌市都市景観賞をうけたアトリエの近くにあるカレー専門店「ミルチ」などを、スライドで紹介してくれたが、それを見ていると、改めて自然空間との繋がりを大切にしながら、素材を選び、空間づくりをしていると感じた。特に札幌市南区の最南に立つ「丘の上のリニア・ハウス」は、高床式の出窓を多く使用し、丘の上から奥手稲への眺望を満喫できていた。

また北海道における雪の問題を意識しながら、かなり傾斜のきつい三角屋根を多用していることからもわかるように、厳しい自然環境と対峙するのではなく、むしろそれを受け入れながら人が住むことを常に考えているようだ。この姿勢、つまり自然との対峙ではなく、自然となかよく付き合う、つまり私がいうところの、親和を重んじる姿勢は、北方型の住居を考えるうえで、これからもおおきな示唆(意味)を与えてくれるようだ。具体的には、「メイゲツカエデの家」「三角屋根に出窓がくっついた傾斜地の家」などから、それを伺い知ることができた。

 私だけでなくレクチャーを受けた参加者も、一番興味をもったのが、「サイレント・キャビン」だった。日本建築家協会北海道支部住宅部会「ハルニレ賞」を受けた作品だ。この家は、平尾の個人住宅。場所は、当別町の中小屋温泉の近くという。スライドをみても、かなり辺鄙な場所というのがわかる。こんな空間だ。「幅1間長さ12間の細長い平面で、1階は雨の日のテラスと玄関とクローゼット、2階は廊下のようなキャビン(生活空間)とブースターとしての寝室が横に張り出している。」まさに自然のただ中に置かれた、まさにキャビンの感じだ。たしかに夏などは涼しく生活しやすいが、冬はどうするのかとこっちは心配するほどだった。が、平尾は平然としていた。彼は、比布町蘭留の生まれというから、むしろ喧騒な都会を離れて故郷の風景に戻ったというべきかもしれない。聞くと、ここには風呂がついていないという。温泉まで行くという。

平尾自身は、別なところで、この空間について、こんなことを言っている。「英国の運河をゆくナローボートのような『旅する船』の感覚を求めてみました」と。こののんびりした、悠然とした自然体の生き様。それを貫く姿勢は、なかなかなものだ。(文責・柴橋伴夫)

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私は何度か、円山の閑静な住宅街に建つ「時逍館」(中央区南5条西21丁目1-5)を訪ねている。この「時逍館」の名称は、平尾稔幸自身がつけたものという。この名称には、とても強く平尾稔幸自身の想念、それは大きな見方をすれば哲学といってもいい、生き方の根底に関わるものが色濃く反映しているようだ。

平尾は、築80年をこえる古い民家(札幌でもかなり古い、記念碑的な住宅)をアトリエと住まいにしている。ここにもう20年以上住んでいるという。こっちからみれば生活するには、かなり不便ではないかと思うのだが、平尾自身はその不便さをほとんど苦にすることはない。それどころか、老熟たる風格を示している家を、老いた肉親のようにして大切にしながら生活しているようにもみえる。さらにいえば、その平尾の姿からは、その家をなによりも愛しているといった方がぴったりとす

るかもしれない。今回のレクチャーの中でも、すぐに廃れるものではなく、千年間を生きる建築こそが、本当の建築といえるといっていたが、たしかに人間の英知は、自然のシステムと比較するならば、たいしたことはないのかもしてない。築80年の建築空間により添うことで、人間にとって建築とは何かを考えるいい機会となっているのかもしれない。

いま少し「時逍館」にこだわって、平尾の生活心情に少し触れてきたが、実は彼の建築には、この「時に遊ぶ」という独自な時間感覚が脈打っているようだ。「光陰矢の如し」というが、時間が過ぎていくのは、とても早いものだ。その矢の如く過ぎ去る時間に抗うことなく、肩の力を抜いて、日々生きていくこと。だからこの「時」に「逍遥」する生き方は、言葉でいえば簡単ではあるが、いざそれをしっかりと実行するとなると急に難しいことになるのはいうまでもない。そんなことをいろいろと思索しながら、北の風土に相応しい空間を築いている建築家が北海道にいることは、とても意味あることだと、私は考えている。私が彼にレクチャーをお願いしたのも、そんな理由からであった。

さて視点を少し変えてみると、いうまでもなく自然世界は、いまさらエコロジーといわなくても、人間の思惑とは関係なく、過去から現在まで、一貫して自立し超越した存在であった。人間だけが、便利さ、快適さ、効率さ、安全性をより重要視して、空間を構築しある場合は、独善性に走り、自然さえ破壊してきた。どちらかといえば、家づくりにおいても、同じことが起こっていた。つまり自然そのものや他者から、自分の居住空間を保護し、防備する城的機能を帯びてきた。

どうも平尾は、そんな狭い人間中心の視座から、さらにいえば人間の欲望や功利から、可能な限り自由になろうとしているようだ。むろんクライアントの要望もいれなくてなはならない。でも自分の建築に関する主義(主張)をあまりに譲ってしまと、個性のない空間に堕してしまう。平尾は、それを踏まえながら、できるだけいつもしなやかに対応し、自然との親和関係を保つことを目指しているようだ。

彼の建築の根底には、そんな自由で独自な生き方や自然観に根ざした見方があるようだ。それが平尾建築の最大の魅力といえるかもしれない。

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