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2011年4月

2011年4月22日 (金)

「ヨーロッパのアートシーンで、見たもの・学んだもの」

「ヨーロッパのアートシーンで、見たもの・学んだもの」   

-開催日 2012325日(金)-

講師

斉藤幹男(映像作家)

1978年札幌生まれ。早稲田大学卒業後、フランクフルト、シュテーデル芸術学院にてマイスターシューレを取得。ロンドン、フランクフルトで個展開催。2009年札幌JRタワーARTBOX優秀賞受賞。現在、フリーのデザイナー、現代美術・映像作家として活躍。

会場 ト・オン・カフェ  札幌市中央区南9条西3丁目2-1マジソンハイツ1F 

映像文化の現在と未来性について学んだ

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最初に、映像作家斉藤幹男は、自己紹介のかわりに初期の映像作品を紹介してくれた。2つ紹介してくれた。その1つは、フランスのリュミエール兄弟が、蒸気機関車が到着するシーンをフィルムに収めたことに触発され、ループ式の回転する装置で映像を制作したもの。

次にどのように海外で学校を見つけたか、そしてどんな教育環境で生活していたか、また学内でのアートフェアなどについて語ってくれた。

留学までの経緯はこんな風だったという。斉藤幹男は、早稲田大学を卒業後、さらに早稲田大学芸術学校空間映像科に入学した。そこを卒業後は、海外で積極的に武者修行に挑んだ。映像制作で、先端的な場に身をおくことを決めた。当初は、スペイン留学も考えていたというが、最終的には2002年にドイツのフランクフルトにある、名門シュテーデル芸術学院に作品を送り、それが審査を通過して、最終的に正規入学を許可された。このシュテーデル芸術学院で、マイスター・シューレを修得した。2008年には、ドイツから英国へと渡り、2009年には、帰国した。とすれば約7年間単身で、海外で生活し、制作してきたことになる。

海外での留学体験、そして制作の継続。それはそう簡単なことではない。目的や意欲が、いくらあったとしても言葉も違うし、環境も全て違う。それは大変なことだ。それをあきらめずに貫徹したということは、なかなか意志力のある人にみえた。私が聞いていて、特に興味ふかく感じたのが、ドイツの教育・学習システムが、かなり日本とは異なるということだった。

最初斉藤は、シュテーデル芸術学院のシステムになじめなかったという。斎藤自身がこの学院でまず驚いたのが、ほとんどカリキュラムがないことだった。また学生と教授する側の垣根がないことも、とても驚きだったという。教授みずから、手作りの料理を披露し、学生とともに、講評することもあった。余談ではあるが、学食がとても充実していたという。映像には、学食の料理やコックの面々も紹介されていた。

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なにより自分で自立し、学ぶことを開始しなければならなかった。そこでは師に教えを請うという言葉はなじまないらしい。ほとんど作品づくりは、個人の問題ということらしい。学生が教授のアドバイスを受けたい場合は、先にアポイントをすればいいという。ただ人気のない教授は、しぜんと学生のアポイントが集まらないということになる。 

さらに私が驚いたのが、学生が主体的に教授を評価し、ある場合は罷免し、新しい教授就任を要請できるという。新教授となったのは、2008年に英国で芸術家に贈られる最も権威ある現代美術賞イギリスの最高賞ターナー賞を受賞したマーク・レッキー(Mar Leckey)だった。マーク・レッキーは、様々なアニメ・キャラを素材に使い、また彫刻やパフォーマンス作品などを重層的にコラージュする前衛的な手法を駆使した映像作品で人気を集めている。

こんなことができるということは、一校の教育システムにとどまらずに、教育というもの、教授するということが、本質的に違うということからだろう。学生は、いまどんな先生に学びたいのかという欲求を抱き、実際にその先生はどんな作品制作をしているのかを、充分に情報を収集する。私は、この学生主体の教授システムは、やはりドイツ的かなと実感した。さらにいえば、あのヨーゼフ・ボイスが権威や制度を根底から問い直した改革行動が、こんな風に継承されているのではないかとも思った。むろんこれをすぐに日本の教育システムに応用できるとは思えないが、学生が受動型からいまも脱しきれていないことを鑑みるとき、実に大きな本質的な問題を提示しているように思えた。

さて、沢山の映像作品を紹介してくれた。教授の作品や、一番人気を集めている作家の作品など。

以下の文は、私的な感慨となります。そのため偏っているかと思います。その点をご理解ください。興味深く見ていたのは、斉藤が最初に学んでいた教授の作品だった。7年間かけて、フィルムの断片を繋ぎながら、完成させたもの。それは、ほかの人の作品にはない、重層な時間を垣間見せていた。

アパルトヘイト時代の南アフリカにユダヤ系として生まれ育ったウィリアム・ケントリッジの作品は、実に興味深く感じた。木炭とパステルで描く手法がいい。コマ撮りの素朴な味を大切にしている。それがゆったりと動くのが、とてもリアルで表現主義的な絵画的を帯びていた。民族差別などを直視した現代性を帯びた作品だった。ウィリアム・ケントリッジのドローイングを大切にするメソッドは、斉藤の手法に通じるものがあった。 イギリスのロンドンを中心に活動する覆面アーティスト、バンクシーのゲリラ的な作品も面白かった。社会の常識やシステムを攪乱する、激しさは群を抜いていた。そのストリート・グラフィティは、高い値段で売買されているという。どこかキース・ヘリングを髣髴とさせた。過激な行為は、世界的に有名となった。自作を世界各国の有名美術館の人気のない部屋に無断で展示し、パリス・ヒルトンのデビューアルバムの偽物を勝手に店頭に陳列した。まさに破壊的、スキャンダラスだ。

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後半は、時間が不足して、やや窮屈な状態になったのは残念だった。

斉藤は、海外で学んだ内実を、少し語ってくれた。作品を作る姿勢に変化があったという。よく分からないものであっても、美しいものがあると。作品を通じて、互いに語りあうことが大切であると。また全ての事象において感性が大切となることを学んだという。 もう少し時間があれば、具体的に作品への影響度などを語ってほしかった。また海外での作品発表の経緯なども聞きたかったのだが…。というのも、斉藤は、海外で数々のコンペで入賞し、作品を発表しているからだ。実際に2007年スウェーデンのルレオ・サマー・ビエンナーレでは最優秀賞を受賞している。また2008年にはドイツ・ウォルフスブルグのAutostadt社、社屋のLEDスクリーン上で一ヶ月間アニメーションが上映された。現在は、札幌を拠点にして精力的に活動している。みなさんも手の動き、ドローイングを大切にしながら、現代をしなやかに見つめる斉藤作品に注目してください。 いずれにしても、映像アニメの現在と未来性について、楽しく学ぶことができた、そんな刺激的なレクチャーだった。            (文責 柴橋伴夫)

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