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2011年3月

2011年3月 2日 (水)

「表現とテクノロジー/現実の拡張形」

SAPPORO ART LABO 2010 サッポロアート・ラボ

「表現とテクノロジー/現実の拡張形」     

-開催日 2011年2月25日(金)-

■ 講師 ★ 若菜彩人(クリエイティブ・コーディネーター)

1981年千葉生まれ。クリエィティブコーディネーター。札幌市立高等専門学校修了。個人ユニットkageraux.ccを立ち上げ、札幌市内のカフェ、ギャラリーなどのクリエイティブ・コーディネイトを行う。また、SAPPORO MTGを主宰。札幌の技術、アート、デザイン、メディアなどについて、クロスオーバーな議論から、サッポロのあたらしいことを見つける場を提供している。

■ 会場 ト・オン・カフェ  札幌市中央区南9条西3丁目2-1マジソンハイツ1F 

■ 受講者  17名

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「 拡張現実とアートの関わり、現状認識とその未来形の模索 」

今回はサラ初の試みとして、USTREAMで生中継のレクチャーとなった。幾つかの機材が持ち込まれ何本もの配線が床を埋める。司会の副代表の玉本さんからの紹介のあと若菜さんは本題に入る前に「SALA」と言えばサッカーを連想してしまう、という。SALAはスペイン語で「室内」(インドア)と訳され、インドアサッカーのフットサルのユニホームやシューズにSALAのロゴが多く見受けられるからだ。彼のサッカーにおける最大の関心事は2022年のFIFAワールドカップサッカーの日本招致が消滅したことだという。なぜなら日本のセールスポイントは「最先端テクノロジーによるサッカーコンテンツの確信」(スタジアムでの超臨場感体験の実現)であり、そのテクノロジーを是非見たかった、という理由であった。ここで実践されるはずだったテクノロジーが今日の中心話題AR(Augmented Reality)拡張現実と呼ばれるものなのである。さりげなく冒頭からはなしが脱線したと思いきや、彼の周到な前ふりだったのである。

第一部  表現とテクノロジーの歴史

まず、はなしは過去の歴史上の代表事例を挙げながら表現とテクノロジーとの密接な関わりを解説する。

絵画の発展

平面表現から立体的表現への大きな転換は遠近法(線遠近法)の発見にある。建築家ブルネレスキは線遠近法を発見した。そしてアルベルティが透視図法としての方法論を確立し、画家マザッチオが絵画にそれを応用して発展させた、という。

建築の発展

鉄材の使用が建築を変えた。1例として従来型の礎石造の完成形として彼はセントポール(ロンドン)を挙げた。それは石やレンガを積み上げていく工法の自在な応用、発展がなされたものという。 パリのサント=ジュヌヴィエーヴ図書館は鉄材を柱にした最初の代表建築であったが、その外観は今までのそれと印象の変わるものではなかったという。つまり当時の人々は鉄材のむき出しは美しくない、と判断したからだそう。そして造園家のジョセフ・パクストンはイギリスでの万国博覧会で、温室を巨大化させたような外観のクリスタルパレスを鉄とガラスのみで建造した。専門家からの酷評にも一般大衆からは称賛されたという。そして架設建造物から恒久建造物に発展させたのがギュスターヴ・エッフェルが作ったエッフェル塔なのである。技術者が表現に乗り出すことによって新しい建築が生まれ発展したという。

バウハウスについて

建築家ヴァルター・グロピウス(先生)は技術と表現が同価値であることを唱えてバウハウスを創立する。技術の習得を経て表現を学ぶことが実践され、優れたデザインが数多く生み出されたこと、そしてバウハウスのカリキュラムを図解で説明した。そして今日の本題「現在の表現とテクノロジー」へと話は進む。

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初音ミクに学ぶ表現

初音ミク=コンピュータソフトである。どんなコンピュータソフトかというと、それは歌詞と音程を入力すると人工音声によって歌を歌わせることが出来るというものでヤマハが作ったボーカロイドというソフトである、と易しく解説頂いた。なにぶん年齢層の高い我がSALAメンバーにはハードルの高い講義なのである。若菜さんはそこを易しく丁寧に説明してくれる。 このソフトは従来型の音楽産業の仕組みを変えるものでサンプルとして人に歌わせるパートを全てコンピューターに任せてしまうというもの。しかしプロユーザーからの反応は鈍く、ここでターゲットをアマチュアにシフトして転用させた(これがボーカロイド2)。人工音声は特徴的な声優に担ってもらい、イメージに沿ったかたちでキャラクターが生み出された。これが現在の初音ミクなのである。 急速に初音ミクが拡大浸透した背景には製造元のクリプトン・フューチャーメディア(札幌)の画期的戦略があるという。それは二次創作の奨励である。利益誘導に繋がらない二次創作を許可し、ユーザーからの提案さえも積極的に取り入れて、キャラクターを成長させていくと言う、従来の著作権の常識を覆すものなのであるという。そして、若菜さんはこれまでを以下のようにまとめた。「新しいモノが生まれる時」・新しい技術を利用する。

・技術者が表現に乗り出す。

・表現者が技術を学ぶ。

・技術の用途を見直す。

次に彼の主宰する札幌MTGの活動についての説明がなされた。キーワードは「札幌」 札幌に関わる技術、アート、デザイン、メディア、についての多角的議論がすでに9回開かれているという。(参加はツイッターである)

第2部 拡張現実AR(Augmented Reality)の解説とその活用法についてのディスカッション

休憩を挟んで、第2部へと進む。まず、今日のサポートメンバーのSapporo-Kakudoの佐々木さんからARの説明がなされる。AR:拡張現実の定義とは、現実環境にコンピューターを用いて情報を付加提示する技術、及び情報を付加提示された環境そのものを指す言葉。ARと対を成す言葉としてVR:ヴァーチャルリアリティがある。コンピューター内に仮想現実を作り上げるのがVR。それに対し現実の環境の中に情報を付加するのがARなのだという。(なんとなく分かったような、分からないような・・・・) ここで話は若菜さんに戻り、現在ARには3種類あってスマートフォン等を介して見ることが出来るとのこと。(マーカー式、マーカーレス式、センサー式の説明がなされた。)

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ディスカッション

「拡張現実と芸術の在り方」まず若菜さんから最近、彫刻家国松明日香さんとお会いする機会があり、その中で「ARは自らの彫刻作品とその設置された環境を様々に表すことが出来る技術である」と高く評価されている旨の発言があったという。私はこの発言にはプレゼンテーションとしての活用方法に飛躍的進歩があるのだと理解した。以下は参加者からの発言(抜粋であることはご容赦頂きたい)を列記した。

・画期的ではあるがゆえにその目新しさのみでは表現方法ではあっても芸術ではない。

・現在、電子書籍がその割合を拡げているが、未来の書籍ははたしてどんなかたちであろうか?

・拡張現実は「遊び」である。芸術表現ではない。

・畳から椅子の生活となり、今やテレビを中心とした視線が生活の中心のなかにARが入り込むことで我々の五感は今までとは違ってくるであろう。

・オリジナルではがないが、コピーとしての仮想現実に価値を見出せる。印刷がまさにそれである。・歴史の記録としてのアーカイブに直ぐにでも活用出来るのではないか?

・既存の芸術の補佐的活用を探るのではなく、抜本的に物質的付加価値を持たない創作こそがARの目指す芸術ではないのか?

・かつて横尾忠則はアナログからデジタルへの大転換を図った経緯がある。そして画家(敢えて従来型の手法の)へと転進した。

・やはりプレゼン(パブリックアートと設置環境の模索、建築)としての活用法に関して言えば、非常に優れたソフトで力を大いに発揮するが、アート(芸術)の評価軸ではどう考えるべきであろうか? 討論はエスカレートの様相をみせていたが、あいにくここで時間切れとなった。みなさん、おつかれさまでした。若菜さんとサポートのお二人にも大きな拍手が送られてレクチャーは終了した。

今回執筆を担当した澁谷の意見。若菜さんの言う既存のデジタル表現の欠落部分を補うのはアートではなくデザインの領域の話になるのかもしれない、ということ。アナログの優れた感性をデジタルに反映出来ていないのは、まさに両者の連携不足であり、互いが尊敬しあい、尊重しあう姿勢を見せ、その教育の場にも大きな責任があるということ。 ARと芸術との在り方はこれから加速度的に急展開を見せることであろう。 (文責:澁谷俊彦)

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