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2010年10月

2010年10月21日 (木)

「アウトサイダー・アートの現状」 

「アウトサイダー・アートの現状」     

2010924日(金)

講師

工藤 和彦(NPO法人LapoLapoLa ラポラポラ理事長)

1970年小田原市生まれ。陶芸家。NPO法人ラポラポラ代表。旭川で「ボーダレスアートギャラリー・ラポラポラ」主宰。日本において「アウトサイダー・アート」への理解の普及をめざし、様々な企画を実行。2009年には旭川で「アロイーズ」展を開催し、同時に道内に在住している作家の作品も紹介し、大きな注目を浴びた。

■会場 ト・オン・カフェ  札幌市中央区南9条西3丁目2-1マジソンハイツ1F 


「レンジが広かったアウトサイダー・アート」

旭川からNP0法人「ラポラポラ」の代表工藤和彦さんに来てもらった。工藤さんは、簡明かつ的確にアウトサイダー・アートとは何か、そしてその現況と可能性についてスライドを用いながら、丁寧に説明してくれた。最近は、マスコミなどでアウトサイダー・アートが話題に登っているが、その美術的な価値づけや国際的な全体像について知る機会がない中、とても有意義なレクチャーとなった。さて最初に、工藤さんがどうしてアウトサイダー・アートに係ることになったか説明してくれた。高校時代に信楽焼きと出会い、3年間に亘って師の内弟子として修業した。また滋賀県の知的障害者の福祉施設で働く中で、そこで入所者の方々が制作した作品が、残されることなく炉の中に入れられてしまう現実に「違和」を、さらにこのアートが「知的障害者のアート」と呼称されていることに「疑問」も感じた。こうした体験が元になり、実際に陶芸家として活躍しながらも、アウトサイダー・アートの社会的認知を目指してNOP法人「ラポラポラ」を立ち上げたという。

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さて仏では現代美術家ジャン・デュビッフェが、「アール・ブリュット(生の芸術)と呼んだ。またスイスでは、早くから精神治療の一環として、アート的作業が導入された。実際に多くのアート作品を収集して、アール・ブリュットコレクションなどが組織されている。このアートを解析するキーワードは、「秘密」「沈黙」「孤独」という。彼らが、生きづらい現実から逃れたい中で、自分の内部で豊かな世界を築こうとしているのを、他者がどう評価するか、そんな難しい問題もあるという。さらに彼らの作品の公表と非公表をどうするか、大きな課題もあるという。スライドでは、様々なこのアートの範疇に属する芸術家達の作品が紹介された。シュルレアリスト達から高い評価をうけた郵便配達夫シュヴァルもいる。工藤さんが旭川で展覧会を企画組したアロイーズの作品も興味深かった。アロイーズは、ドイツ皇帝への恋愛感情や姉妹との葛藤などで苦悩し、さらに厳格なプロテスタントの宗教性などが因子となり、統合失調症に陥り、長くに亘って「幻覚や妄想の中で創造する行為」を続けたという。

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 私が一番興味を抱いたのが、アウトサイダー・アートの作品構造に、東洋の曼荼羅と同質なものがあるという視座。スイスの哲学者ユングも「古代神話」と「夢」には、「同床の部分」があると分析した。それを集団的無意識という。日本の研究者の、こんな分析が注目を浴びているという。アール・ブリュットやアウトサイダー・アートの作品には、楕円や円が多用されている。母の胎内への回帰。それと同一なのが、胎蔵界曼荼羅(胎蔵とは、母なる子宮空間を指すことば)という分析である。まさに彼らが無意識の創造している作品には、東洋の「身心滅却の思想」が内在し、「ある種の曼荼羅」が表出しているという。とても興味ぶかい指摘であった。

最後に見せてくれたのが、北海道のアウトサイダー・アートの作品だった。足元に目線を注ぐこの姿勢はとても大切である。それをサポートする態勢づくりもこれからの課題のようだ。

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工藤さんは、レクチャーの中で、こんな言葉を発していた。「いろんな作品を紹介したりして、これからもボールを投げ続けたい。」そして「イン・アート」から「アウトサイダー・アート」の流れを作っていきたいと。そして最後にこうもいった。「アートから社会的平和が訪れる」と。心に残る、とても根源的な言葉であった。

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 最後に参加者からの感想を2、3記しておきたい。「アール・ブリュットについてとても分かりやすく、興味深く聞くことができました。もっと長く色々聞きたかったです。日本や北海道における現状について詳しく聞きたかったです。」「《アール・ブリュット アロイーズ》を拝見しましたが、とても印象深い展覧会でした。その裏にある様々なものが聞こえてとても興味深いお話でした。色々ご苦労があると思いますが今後のご活躍をお祈りしております。」(文責柴橋)

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