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2010年8月

2010年8月19日 (木)

「モザイクアートから見た街づくり」 

原田ミドー(彫刻家)

1963年江別市生まれ。彫刻家。東京造形大学彫刻科卒業。2003年に、北海道文化財団芸術家海外研修事業の助成を受けバルセロナにてアントニオ・ガウディ研究。2008年市民運動で制作されたモザイクタイルアート事業が東久邇宮文化褒章を受ける。街づくり事業としてモザイクアートや「新さっぽろ冬まつり」などを企画監修。

生気あふれるミドー節が炸裂

第4回レクチャーは、「サラ」メンバーの原田ミドー(彫刻家)が登場した。題は、「モザイクアートから見た街づくり」。北国にはめずらしい長梅雨のような湿った天候にイライラしていたが、持ち前の馬力と熱弁で、その湿気を一掃してくれた。作業服のツナギに身を包んで登場した。聞くと、現在札幌市内白石区のトンネルにモザイクタイルを貼る仕事をしていて、そのままここに駆けつけたという。最初に「サラ」代表柴橋が、短く講師を紹介した。すぐにバトンが講師に渡された。冒頭、作品紹介の映像が流された。

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さて最初の話は、彫刻家を志すまでの「自分の歩み」。1963年に江別市に生まれた原田ミドー。「江別の原野が私の原点」という。そこでいろんな生き物を愛した。小学校の低学年では、土器探しをして楽しんだ。原田は、見つけた断片をいろいろと重ねながら原形を予想しながら復元した。このいとなみが、今やっている「モザイクタイルの始まりだったかも知れない」

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と感慨ぶかげだった。アートへの道は、そう平坦ではなかった。大学受験勉強中も先生方から「筆づかい、絵具の使い方がよくない」、むしろ「彫刻科が向いている」といわれたという。そんなこともあって東京造形大学彫刻科に進学した。

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「ミドー節」(どこか寅さん節に似ていた)が炸裂したのが、出会った人たち、お世話になった方々を順にあげながら、その「思い出」(実際はやや内輪話)を語った部分。まさに漫談(あるいは講談)風そのもの。私も脇で聞いていながら、「これは少し違うぞ!」「少し脚色しすぎ!」というところも多々あった。ではどんな方と出会ったか。舟越保武、佐藤忠良、三木俊治、岩野勇三、阿部典英など。全員彫刻家である。また故郷江別でも多くの方々との出会いがあった。詩人望月芳明、画家林田嶺一、演劇人安念ともやすなど。交友の深さを示すように江別には、彼の多くの作品が設置されている。彼の代表作たる大理石彫刻「フォーメン」(4人の男性群像)や、「風の門」(2001年)「すずらんボベタ」など、さらに時計塔などのモニュメント作品など。

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後半は、モザイクタイルと街づくりに関しての話。北海道文化財団芸術家海外派遣事業の援助をうけて、2003年年から2004年まで、スペイン・バルセロナで、建築家ガウディの研究をした。ガウディ建築協会専門学校でモザイク技術を習得。これが転機となった。帰国後は、単独で彫刻制作から、集団で創るモザイクアートへと歩みだした。これまで東京、茨城、札幌などの諸大学で美術教育にも携わってきたが、その方向をチェンジし、地域の人たちと協同で「街おこし」「文化おこし」にシフトした。それはスペインでお世話になった彫刻家アルティガスさんの教え、「アーティストとは、 <![endif]>公共なデザインをする人だ」を実践することだった。これは私なりの言葉でいえば、「アートが日常レベルに下りてきた」ことになる。私自身も、こんなことを目撃している。原田が監修したモザイク壁画により、暗く危険な空間であったトンネルが、安全で楽しいアート空間に変化している。こうした市民との共同的アート活動に対して、2008年には、東久爾宮文化褒章を受章し <![endif]>た。また原田は、トークではいっていなかったが「賛美アート&クラフト」を設立して、様ざまなキャクター商品を作ってもいる。彫刻活動も忘れてはいない。モザイクを素材にして、彫刻作品を制作した。2010年には、北海道立体表現展(会場は、札幌彫刻美術館と札幌芸術の森美術館)で、「アダムとイブの林檎」を発表した。この林檎作品には、アダムやイブが齧った跡を残し、さらに林檎の茎が赤化し、生起している形状を作った。原田は、そこに生命の原初的な根源力としての「性(エロスの力」を予兆させた。こうした彫刻にエロスを介在させるという手法は意味深いと感じた。

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 さてどうしてモザイクタイルなのであろうか。モザイクタイルの可能性とはどんなことであろうか。原田はこう語ってくれた。「割れたタイルは、ゴミとして廃棄されていた。でも社会もタイルも、割れてしまった1つ1つのピース(人)が集合すれば、目地という隙間(アート、教育)があれば、お互いに助け合う素敵な社会空間を築くことができると。」さらに原田は、はっきりとこう宣言した。「私はこれからもアーティストとして、タイルを繋ぐ、そんな隙間の役目を果たしたい」と。この言葉は、心にズシリと残る言葉であった。私は、原田ミドーは、ますます元気にいろんな壁を破りながら、新しいアートイベントの場を作りだしていくと確信した。(柴橋伴夫)

レクチャー後のアンケートから抜粋 

・非常に面白かった。スペインの留学時代の中身を話してもらうとありがたかった。続編をやってください。

・「寅さんぶし」が良かった。

・お話がテンポよく、お上手ですね。いろいろな内輪話っぽい語り口もよかった。割れたタイルのように、割れたもの同士が集まる社会。それを目地を使って皆を生かす社会、素敵な考です。

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