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2010年7月

2010年7月 3日 (土)

「彫刻家・安田侃と大理石文化」

「彫刻家・安田侃と大理石文化」-開催日 2010年6月25日(金)-

■講師 柴橋伴夫(美術評論家)

1947年岩内生まれ。詩人・美術評論家。最近では、「空間の蝕知へ」展などを企画。砂澤ビッキ

や難波田龍起を評伝スタイルで論じ、『聖なるルネサンス 安田侃』『夢みる少年イサム・ノグチ

』などを著している。現在、荒井記念美術館理事、北海道文学館評議員、「美術ペン」編集長な

ど。

受講者 40名

■会場 toov cafe 札幌市中央区南9条西3丁目2-1マジソンハイツ1F

—柴橋伴夫が考察する安田芸術の鼓動と宇宙観—

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3回レクチャーの講師は我らが「サラ」代表、柴橋伴夫氏の登場である。

 今回も定員を上回る満席状態で“彫刻家・安田侃の芸術の魅力”が身振り手振りを交えながら熱く語られた。不慣れな原稿執筆のため、話の内容は一部脱落、順序は多少前後が入れ替わっていると思われるがご容赦願いたい。以下はまとめである。

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柴橋は、安田侃の彫刻を読み解くキーワードは、「大理石、白、フォルム」と括っている。それは安田侃が造り出す彫刻作品は、そのフォルムの抽象形態と大理石の持つその白色と材質感が相まって、見る者の心にその精神世界が抵抗なくスーッと入り込んでくるからだと述べている。また柴橋は、安田侃の原点には、有珠山の噴火により亡くなった子供や、洞爺湖畔にあった結核療養所で亡くなった人々への追悼の心があるという。それが「意心帰」や「回生」となった。

安田の出身地、美唄には「アルテピアッツァ美唄」がある。安田が心血を注いで創生した芸術広場である。炭鉱の街・美唄が辿った繁栄から衰退へと辿る歴史を踏まえながら、自らの手により造り出した彫刻により、「再生への息吹」を吹き込んでいる。

栄光の時代の追憶、そして閉山に伴う多くの離職者の群像を想い、炭鉱事故で亡くなった人たちへの鎮魂、新しいいのちのための彫刻が設置されている。ギャラリーは旧栄小学校の木造校舎を再利用したものである。木肌のぬくもりに誰もが郷愁を感じ、大自然を背景にした安田の純白な大理石彫刻は空の青色、大地の緑色と和して目に心地よい。北の大地に置かれた安田の彫刻とルネサンスの地・イタリアの旧市街地に置かれたそれは異なる印象を残す。「場との共生」を強く意識させるのも安田彫刻の特徴と言えるだろう。

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 造形的特徴としては、3本足の真ん中が地面からわずかに浮いたように思える形態や、かまくらのようなくり抜かれた内部空間のあるもの。また人ひとりが入り込めるような隙間(透き間)空間があるものもある。ひとが彫刻と関わることを目的としている造形である。表面処理もまるで柔らかな材質を思わせる磨きの処理のものもあれば、逆に荒々しくノミ跡を残した造形もある。

また、柴橋は、その作品タイトルにおいても大きな特徴があるという。幾つかの作品タイトルを挙げてみよう。「無何有」「意心帰」「天秘」「翔生」「天聖」・・・・。そこには、東洋的、日本的な深遠な思想が宿っているようだ。

柴橋は、安田侃が創造する彫刻が、様々なルネサンス(再生)をなす装置として機能しているという。時間と空間」を再生させ、彫刻が設置されたその都市や「場」の記憶を再生させ、さらにその彫刻をみる人や触る人の心を優しい心で包みこむ、つまり「心のルネサンス」をなすことになると論じていた。また安田の彫刻は日本だけでなく、世界の各都市に置かれているが、柴橋はそれを詩的な感慨をこめながら、それは「旅する彫刻」「舟のような彫刻」であると語っていたのが印象深かった。安田の抽象彫刻「翔生」「天聖」などはジャコモ・プッチーニのオペラ「蝶々夫人」の舞台装置として用いられたことがある。従来のオペラ舞台美術の定式を破る、斬新な抽象彫刻だけの試みは大いに賞賛されたという。

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最後は2002年に訪れたイタリア北部、ピサに近いピエトラサンタでの思い出話。ピエトラサンタには名だたる彫刻工房が点在し、世界中から彫刻家が集う彫刻の街のようだ。そして職人の街のようだ。安田もローマのアカデミア卒業後に、純白の大理石を彫ることを願って、この街に住んだ。ここにアトリエを構え、石職人ジョルジョの工房で制作している。柴橋は、安田に案内されたカッラーラの石切り場(あのミケランジェロも登った)の風景の様子を熱っぽく語っていた。ルネサンス以前から、大理石が採掘されているという。柴橋はこの純白の風景に、イタリア・ルネサンスを担った大理石文化の力と、さらに安田芸術の秘密を垣間見たのであろう。

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レクチャー後のアンケートから抜粋

・生命感、平和への祈り、哲学的な深い洞察、思いの強さが作品に込められていると感じた。

・東洋のことば、すばらしいです。場によって彫刻の感じ方が違うのですね。

安田侃というひとりの彫刻家とその精神性を色々見聞出来て有意義でした。

   

今回も多くの方にお出でいただき、感謝申し上げます。ありがとうございました。(澁谷俊彦)

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