« 2010年4月 | トップページ | 2010年6月 »

2010年5月

2010年5月 7日 (金)

「札幌アートウオーク」へのまなざし、それが生起させたもの

SAPPORO ART LABO 2010 サッポロアート・ラボ
「札幌アートウォークへのまなざし」 -開催日 2010 年4 月30 日(金)-


■ 講師
★谷口雅春(ライター)
1957 年札幌生まれ。ライター。主な著書に「奇跡の音楽祭 札幌・PMF の夢」「千年の響き-正倉
院楽器復元とアンサンブルオリジン」「札幌アートウォーク」編集に「駅とアートは求め合う」など


★露口啓二(写真家)
1950 年徳島生まれ。写真家。「フレメン写真製作所」代表。「現代日本写真/BLAC OUT」展に参
加。第35 回東川賞特別賞。主な著書に「露口啓二写真集」「札幌アートウォーク」など。




第1回のサッポロART LABO(「サラ」)のレクチャーは、ライターの谷口雅春、写真家の露口啓二を講師に迎えて、「札幌アートウオーク」へのまなざしと題して、2010年4月30日(金)に行なわれた。あいにくの小雨が降る中、席は定員をオーバーして満席状態だった。熱気が場に満ちていた。最初に「サラ」副代表・玉本猛から、開会の挨拶後、創立に係わった企画メンバーの紹介があった。続いて代表・柴橋伴夫から、「多様化する文化を横断しながら、未来にむけて文化創造を担っている人達を「束ねる」ことができる場づくりをめざしている」と会を立ち上げた目的が表明された。

Sala043001_2

さて講師の2人は、昨年刊行した『札幌アートウオーク』(北海道新聞社)の下地となった基本コンセプトを紹介してくれた。それは千年単位でサッポロを「風土誌」的に見つめ直すことだった。そして2人は、幾多の美術作品を文化地層、地形の祖形に戻しながら、読み取ることだった。またこの大地の底には、豊かな水系が存在し、先人の生の営みが現存していることに、わたし達は深く覚醒し、さらには見えなくなっている「地形の記憶」に戻るべきであると感じたという。その1例としてモエレ沼公園が、もっぱらイサム・ノグチの名により話題になっているが、この「地の古形」や「水の記憶」などが忘れてしまっていないかと危惧を表明されていた。

次に話題は、「土地を表象することとはいかなることか」、へと広がっていった。露口啓二が撮影した、幾つかの映像素材が提示された。いうまでもなく北の多くの地名は、アイヌ語が母語である。だが日本語による漢字地名は、その地の霊やアイヌ人たちが豊かに感受した「地形の特徴」などを、剥奪してしまっている。

Sala043004

露口啓二は、「沙流川」などにカメラを向ける時は、そのアイヌ語の原語が喚起する「音」に耳と心を傾けるという。この時、二人が大きな刺激を受けた仕事を紹介していた。1つは、旭川在住の考古学者・瀬川拓郎の視座という。瀬川拓郎は、雄大な「1万年の景観史」を提起している。また歴史学者・保苅実の『ラディカル・オーラル・ヒストリー』やオーストリアのデボラ・B・ローズの『生命の大地』(お茶の水書房)を挙げていた。共通したものがあるようだ。それは文字として書かれた歴史ではなく、むしろ民族が口で伝承してきたものや、大地が記憶したものに、立ち戻るべきだということ。

私は、それを聞いていて、大きな誤りをしてきたことを痛感した。人間は強権的に、かなり自己勝手に自然や文化を「解読」してきたのではないか。かってに水や土を汚染していきながら、今度は「環境との共生」とかいう。なんと傲慢なことか。谷口雅春と露口啓二は、書き手と写真家という風に表現体は違っても、普段は見えないものや聞こえない音に、しっかりと立ち会おうとしているようだ。それは歴史や文化を考え上でも、とても大切なことであると感じた。こうした視座こそ、2人がこの時に問題提起していた不可視の「風景の内部へ」入ることなのかもしれない。

Sala043002

Sala043003

最後に二人は、今後の課題(表現すべき主題)に触れていた。豊かな「自然の形象」や可能性としての「北の風土」や、さらには広義の意味での「カントリー」(つまり心の故郷としての空間)を見つめていきたいという。特に自らの文化の磁場でもある、「カントリー」としての「石狩」にも、熱いまなざしを送っていきたいという。それがどんな風に、結実していくかとても楽しみでもある。質疑をいれた約90分のレクチャーは、文化諸相を自在に横断する、なかなか知的な興奮を味わったレクチャーだった。(文責 柴橋伴夫)

« 2010年4月 | トップページ | 2010年6月 »